2-5

翌朝。


北条と虎太郎は、深町のアパートに来ていた。

約束の時間は、夕方。

しかし、北条と虎太郎には、早朝に深町のアパートを訪れる理由があったのだ。



「……まさか、こうなるとはねぇ……。正直予想もしていなかったよ。」



北条が悔しそうな表情を浮かべる。



深町の部屋が、黒焦げになっていた。



「まさか、次のターゲットが、深町になるとは……。甘かった。幸せな家族、そして一軒家の家しかターゲットに無いと思っていた……!」



虎太郎が、手帳を見ながら苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。



そう、深町は北条・虎太郎と話をしたその日の夜更け、自室の火事によって命を落としたのだった。

本来なら、全てわかるはずだったこの日。

事件解決の糸口となる深町は、物言わぬ遺体となってしまった。



「……検視、鑑識の報告を待つことにしよう。この現場ではもう、僕たちの出来ることは無いよ。」


「畜生……!!」



悔しさを滲ませる虎太郎を、優しくなだめる北条。

しかし、深町の死だけに心を痛めているわけにはいかない。



「……さぁ、聞き込みに行こうか。」



北条は、なかなか動き出さない虎太郎の先を歩き出す。



「虎……事件は待ってはくれないよ。こうしているうちにまた新しい事件が起こるかもしれない。僕たちに出来ることは、事件を解決することもそうだけれど、未然に事件を防ぐことでもあるんだよ。さぁ、捜査だよ、虎。」



諭すように、しかし振り返らずに北条は言う。

刑事の本分は何なのか?

それを虎太郎には自分で気づいて欲しい。

成長を願う北条の気遣いでもあった。



「あぁ……これ以上、こんなつまらねぇ事件を起こさせるわけにはいかない。」



虎太郎も、北条の背を見て気持ちを切り替える。


(きっと、この人はこういう思いを何度もしてきたんだろうな……。俺はまだまだ経験が足りない。それなら、何度でも立ち上がって立派な刑事になる。それで、少しでも事件が減れば……!)


虎太郎の正義感に、火が点いたひと時であった。




「さて、じゃぁ根気よくこの南側の地区を中心……に……?」


「……ん?どうした?」



聞き込みの方針を話しかけた北条が言いよどむ。

北条は、『あること』が引っ掛かった。



「どうして、深町は死んだんだろう……?」


「あ?そりゃぁ……殺されたからだろ?」


「そうなんだけど……何のため?」


「……え?」



そもそも、深町に家族はいない。

一戸建てに住んでいるわけでもない。ワンルームのアパート暮らし。

これまでの事件に対しての共通点もない。

ここまでこだわってきた共通点を無視してまで、深町を殺さなければならない理由、それを北条は考えていた。



「僕たちは、今日……深町に何を聞こうとしていた?」


「今日……深町が姉崎に何度も説得に行く理由……だろ?」



「うん、携帯も使わず、直接会いに行く……。」


(もしかして……。)



ここで、北条は何かに気付いた。



「今日、深町に話されたら都合の悪いことがあった。だから深町は、昨日のうちに殺された……。」


「え……?だって、俺たちの会話は深町と俺たちしか知らないはずだぜ……?」



北条は、少しずつバラバラになっている事件のピースを組み合わせていく。




「虎、聞き込みは中止にしよう。まずは司令室に帰るよ。みんなにいろいろ協力してもらおう。」



北条は、出来るだけ急いで情報収集をすることに決めた。

それが出来るのは、各方面のエキスパートである特務課に戻るのが最善。

虎太郎は北条に従い、ふたりは警視庁に戻ることにした。



その途中……。



「北条さん、聞こえますか?」


無線に司令である司の声が聞こえる。



「はいはい?」


「先日の事件の犯人、本宮 和也の供述が取れたわ。」


「へぇ……一課も協力的だねぇ。」


「それで、いくつか気になることを話していたらしいけれど……。」


「気になること?」


「えぇ。出来れば司令室で……。」


「……そうだね、これから戻ろうと思ってたところなんだ。その時に一緒に聞くよ。」


「わかりました。待ってます。」



司との通話が切れる。



「なんだろうな、気になることって……。」



一緒に無線を聞いていた虎太郎が、不思議そうな表情を浮かべる。

虎太郎は、先日の連続女性殺害事件解決の功労者のひとり。

虎太郎がいなければ、もうひとり犠牲者が出ていたかもしれない。



「……ひとつだけ、気になることが残ってたんだ。」


「え?」


「凶器の入手方法、そしてあんなに本宮を犯罪に駆り立てたもの……。個人が目覚めて犯行に及ぶには、少し無理があったんだよ。この前の事件は。」


「……どういうことだ?」



車に乗り込み、シートベルトを締める北条・虎太郎。



「殺した人間を切り刻んで、そしてそのパーツを繋ぎ合わせる……。いくら完璧な美を求めた本宮だって、そんな突飛なことを思いつくなんて思わないよ……。それに、彼の『作品』見ただろ?」


虎太郎が、犯行現場でみた、被害者たちの身体を繋ぎ合わされた『作品』を思い出す。



「……うっ、出来るだけ思い出したくはなかったけどな……。」


「僕もだよ。でもね……あれは『鉈1本では完成できない』んだよ。切り口が皆、綺麗だっただろ?」


「そこまで……見てなかった。」


「まぁ、急いで戻ろう。きっとわかるよ。『いろいろ』ね……。」



北条が目配せすると、虎太郎は頷き車を警視庁へと進めた。




―――――――




「ただいま。いろいろと進展があったみたいだね。」



警視庁・特務課司令室。

北条と虎太郎が戻った時には、他のメンバーは皆、集まっていた。



「おかえりなさい。」



「ま、進展と言うか……調べた内容だけどね。」


「俺は、テレビ見ながら茶、飲んでたわ。」



メンバーたちが口々に北条・虎太郎に声をかける。

その奥のデスクに座っていた司が合図を出すと、メンバーたちは皆、ミーティング用の長テーブルの前に座った。



「さぁ、始めましょう。まずは……」



司が書類を広げながら、説明する順番を精査する。



「……これね。先の連続女性殺害事件の犯人・本宮だけど、供述の内容が気になったので、一応伝えておくわね。」


司が合図をすると、志乃がスクリーンに画像を映す。

そこには、供述調書が映し出された。

司が手元のタブレットを操作すると、その調書の一点に丸が描かれる。



「この写真。本宮の殺人の動機も殺害方法も、アリバイ作りも私たちが聞いたものと同じ。でも私たち、いえ警視庁の刑事は皆、『あること』を見落としていた。」



レーザーポインターで、司は自分で丸を付けた部分を指す。



「凶器の入手方法。本宮は『通販』と言っていたけれど、その会社を特定していなかった。」



押収した宅配便の伝票、そして箱。

その箱のひとつに、不思議なマークが刻まれていた。



「これは……、蠍のマーク?」


「物騒なマークを使う通販会社だな。」



北条と虎太郎が、画像を見た率直な感想を言う。



「そう、僕も物騒だと思って調べてみたんだけどさー。」



悠真が少しだけ不満そうな表情を浮かべ、パソコンのキーボードを叩く。



「……そのマークを扱う通販業者は、一件もヒットしなかった。」


「それって……。」


「そう、この蠍のマーク、通販業者のものでは無いという事よ。」



司が冷たい視線を蠍のマークに向けた。



「じゃぁ……捜査しないとね。」


北条は、特に驚いた様子もなく、皆に言う。



「もしかしたら犯罪系のブローカーかも知れないし、悪い組織かも知れない。放っておいたら新しい犯罪の温床になるかもしれないだろう?」


「そうですね。今の事件も大きなものですが、この蠍のマークの会社……組織?この調査も進めておきましょう。」



北条の言葉に、志乃が同調する。



「さて、これで蠍のマークの件は終わり。さて、次は……。」



司が悠真に目配せをする。



「はい、りょーかい。」



悠真は司の視線に気づくと、軽く返事をしてもう一度パソコンのキーボードを叩いた。


悠真がパソコンを操作すると同時に、志乃がモニターの画面を切り替える。



「……これは?」


「これは、『もしもの時に』必要になるかもしれないってちょっとだけ覗いてみた、深町のパソコンの中身だよ。ビンゴだったからバックアップ取っておいた♪」



悠真が得意げに話す。


「深町がもし無事だったら……犯罪行為よ、悠真。」


「……ま、まぁ、結果……助かったわけだし?ほら、映ったよ。」



北条と虎太郎が、画面を食い入る様に見る。


「これ、メールの画面?」


「そうそう。深町のパソコンは火事で燃えちゃったけど、そうなる前にハッキングしてデータを根こそぎこっちにダウンロードしてやった。深町が何を俺たちに隠そうとしていたか、これでじっくり調べようぜ。」



悠真が手際よくマウスをカチカチとクリックしていく。

すると、スクリーン上にいくつかのウインドウが開いた。



「何通かのメールは、幼稚園勤務の姉崎 里美に宛てられたものだったよ。」


「え……里美ちゃんに?」


「それ、おかしくねぇ?」



悠真の話に、北条と虎太郎が顔を見合わせる。



(確か、携帯のやり取りが出来ないから、直接里美ちゃんに会いに行ってたって深町は言っていたはず……。)



北条は、おそらく姉崎は誰かに監視されていて、それ故携帯電話でのやり取りは危険なのだと思っていた。

それ故、深町は不審者と言われても直接幼稚園にまで顔を出したのだと、そう思っていた。



「で、メールの内容は?」


「はいはい、今開くよ~」



北条の問いに、悠真はメール画面を一覧にすることで答えた。



―――君の彼氏が酷い人だって言うのはもう知ってる。早く別れたほうが良い―――


―――もう無理。別れるなんて言ったら何をされるか分からないももの―――


―――それなら、僕が話をつけに―――


―――だめ。亮君に迷惑はかけられない。自分で何とかするから―――




「これ……どういうことだ?」


虎太郎が、難しい顔をする。



―――結婚してるんだろ?そんなの良くない―――


―――それでも好きなの!!それに、もう私のお腹にも―――




「……穏やかじゃないねぇ……。」



北条の表情が険しくなる。



―――亮君……駄目だった。赤ちゃん、産めなかった―――


―――話をつける!いつなら二人一緒になるんだい?―――


―――もう、いいわ。何もかも疲れた―――




「メールは、これだけだったよ。その後、深町がネット通販で物騒なものを買っている。」



悠真は次の画面に切り替える。

北条は、その画面の文字を読み上げる。



「サバイバルナイフ、睡眠薬、ワイヤー……これ、殺しに使うって線が濃厚だね。」


「じゃぁ……深町が連続放火……ん?」



虎太郎が深町を犯人だと思いかけ……違和感に気付いた。



「そう、今の事件は連続放火事件なんだよ。刺殺でも絞殺でも薬殺でもない。この中に、不燃物は無いんだよ……。」


「捜査一課の稲取さんの話では、深町の部屋の焼け跡から、以上3点が見つかったわ。」



北条の言葉に付け加えるように、司が捜査結果の情報を話す。




「もしかしたら、姉崎のその『彼氏』が深町を殺した……やられる前にやれってか……。」


「なぁるほどな、カノジョに執拗に近づく深町に嫌悪感を感じていたその『彼氏』は、姉崎から深町に命を狙われていることを知り、アパートに行った。で、口論の末殺した……。」


虎太郎と辰川が、それぞれの見解を話す。



「なるほど……それなら連続放火事件の犯人は、姉崎の恋人の線が有力ね。姉崎はその犯行を知っていたけど、恋人が怖くて何も言えずにいた。それを察した幼馴染の深町が力になろうとして……恋人に口止めされた、と……。」


司の分析。

室内のメンバーたちが頷く。

ただ、ひとりを除いて……。



(確かに、筋は通っている。けれど……。)


そのひとりは、北条だった。

北条は、僅かな違和感を感じていた。



(何故、放火なんだろう?そして、何故一軒家で幸せな家族ばかりを狙う……?)


姉崎の恋人は姉崎と不倫関係にあるとのこと。

もともと、自分に家庭があるのであれば、家族に危害が及ぶような犯罪行為に手を染めるだろうか?



「そう言うことか……。」


北条は、ついにある結論を導き出した。



「里美ちゃんも可哀想に……。『彼氏さん』と不倫したばっかりにねぇ……。虎、たぶん今夜、次の事件が起こるよ。」


「え?昨日、深町の家が燃えた後なのに?」


「うん。今度は……北側の街区だ。早めに行くよ。」


「え?だってこれまでの事件は全部南側……」



北条は、淡々と準備を進めていく。

司は、そんな北条が何かを掴んだことを悟った。



「虎太郎くん、北条さんの言う通りにしましょう。私たちは近隣の消防署に連絡を入れておくわ。」


「私は、近隣の交番に警戒と巡回の強化を依頼しておきます。」



司と志乃が手際よく仕事を始める。



「こりゃ、ついていくしかねぇじゃんか……。」



また、北条が何か推理して答えを導き出した。

自分がまだヒントさえ得られていない状況に悔しさを感じながらも、虎太郎は北条についていくのであった。

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