2-4

住宅街を歩きながら、不審者を探す北条と虎太郎。



「でもさ、今日は来ないかもしれないよな?」


「そうだねぇ……。来ればラッキー、ってとこかな?」



ブラブラと散歩をしているようにも見えるふたり。

しかし、北条にはこの散歩にも意味があった。



「あれ?ここ、2件目の現場……。」


「うん、そしてあの角を曲がった先は5件目の現場。どこも歩いていける距離なんだよね。となると……。」


「犯人も、徒歩圏内に住んでいる可能性がある?」


「ご名答。そして、この住宅街を東西南北4つの区域に分けるとすると、火災が起こっているのは全て南側。何かこだわりがあるのか、それとも時間的な制約があるのか……それはまだ、分からないけどね。」


「そこまで気づいたのかよ……。」



相変わらずの推理力に、虎太郎は脱帽する。



「俺、北条さんのこと誤解してたわ。」


「なになに?ただの陽気なオッサンだと思ってた?」


「いや、正直もう……ボケちまったのかなって。」


「…………。」




一見、無駄に見える行動にもしっかりと意味がある。

そしてその意味のある行動は、犯人逮捕に直結している。

北条の知識と推理力、そして頭脳は衰えるどころか何も変わっていないのだ。



「ホントに……何で捜一をやめてきたんだか……。」



それは、虎太郎の心からの疑問だった。

これほどまでに有能な刑事がいれば、捜査一課でも大活躍だっただろうに。



「ま、50を超えても、大人の事情ていうのはあるものだよ。仕方ないのさ。」



のらりくらりと答える北条。

しかし、短いながらも北条と組んで捜査してきた虎太郎には、その『大人の事情』が、北条が捜査一課を抜けて特務課に入った理由なのだろう、と悟ったのだった。





「北条さん、聞こえますか?」



ほどなくして、志乃から無線が入る。



「相変わらず仕事が早いねぇ。何か分かったのかい?」


「はい。最近出没するという不審者ですが、北条さんの読み通りでした。火災が発生している南側の区域でしか、その姿が捉えられませんでした。」



志乃が、確認した画像データの中で最も鮮明に映ったものをメールで北条に送る。



「今送った画像がいちばん表情が分かるものかと。」


「うんうん良く見えるよ。さすが志乃ちゃん!」



北条が画面を覗き込むように見る。



「ふぅん……なかなかのイケメンじゃないの。でも……怪しいねぇ。しきりにカメラを気にしているような素振りだ。」


「え?」



北条が適当なところで画像を制止させて虎太郎に見せる。



「カメラ目線。あれはカメラが何処にあるか気にしていないと出来ないことさ。気にしてなければカメラなんて素通りだしね。」



北条は確信した。



「うん、この『不審者』は絶対犯人と関りがあるよ。」





住宅街を歩き始めて、もう2時間が経過しようとしていた。

すれ違う男性を注視しながら、不審者の行方を捜す。


「多分、住んでいるとしたら、この南側なんだけどなぁ……。少し重点的にこの南側を探そうか。」



「あぁ。もうすぐ志乃さんから連絡があるかもしれないしな。」



北条と虎太郎は、根気よく住宅街・南側の捜査を続ける。




「北条さん、ヒットしました。」



ほどなくして、志乃からの通信が入る。



「相変わらず、仕事が早いねぇ……。教えてくれるかい?」


「はい。まず、不審者の男性の方ですが、やはり南側在住でした。名前は深町亮ふかまちりょう。コンビニのアルバイトです。そして……。」



志乃が調査結果を淡々と話す。



「先ほど、おふたりが話していた若い保育士の女性ですが、その深町と過去に交際していたという情報をキャッチしました。名前は姉川里美あねかわさとみ。深町とは幼馴染だそうです。」



志乃の調査結果に、北条と虎太郎は顔を見合わせる。



「里美ちゃんかぁ……。なかなか困ったちゃんかも知れないねぇ。」


「あぁ。不審者と幼馴染だったなんて、絶対に何か隠してるだろ。」



今回の火災と関係しているかは分からないが、少なくとも不審者と保育士の間に何らかの接点がある、そう確信した北条と虎太郎。



「どうする?どっちから当たる?」



深町と姉崎。

もし、今回の事件に関係していたとしたら、訪問する順番も重要になってくる。

どちらかが連絡し、もうひとりが逃走する可能性があるからだ。



「……志乃ちゃん、深町の住んでるところ、分かる?」


「……はい。コンビニのすぐ近くのアパートです。部屋は101号室……1階の一番角の部屋ですね。」


「そこまで調べておいてくれるなんて、本当に助かるよ。じゃぁ、そっちから行こうかな。」



北条は、迷わず深町の方を選択した。





再び住宅街・南側を歩きながら、虎太郎は北条に問う。



「なぁ、どうして深町の方から行くことにしたんだ?」


「あぁ……連絡が来て身を隠すなら、深町の方だと思ってね。」


「……なんで?」


「里美ちゃんは保育士。失踪したら誰もが怪しむだろ?もし犯人だとしたら、ギリギリまで身を隠さないと思うんだ。下手に怪しい行動をするよりは、堂々と保育士しておいた方が、みんな怪しまないだろうからね。」


「なるほど……。」



虎太郎は、自分の手帳にメモをする。

先日の女性連続殺人事件があってからというもの、虎太郎は北条の捜査の手腕を高く評価し、その都度行動や思考をメモするようになった。


より優れた刑事になりたい。

その一心からである。




「虎、どうやらここみたいだよ。」


北条が虎太郎の少し前方で足を止める。

その眼前には、2階建ての決して綺麗とは言えないアパートがあった。



「確か……101って言ってたよな、志乃さん。窓が開いてる……中にいるみたいだぜ。」


虎太郎が開けられた窓を指さす。



「うん、確かに今日は暑いからねえ……。窓を開けっぱなしにしておく困ったサンでないことを祈るよ。」



北条は、虎太郎の言葉にうなずくと、ふたり並んで101号室の扉の前に立った。



「ごめんくださーい、深町さんはいるかな?」



インターホンを鳴らし、北条がドアをノックしながら声をかける。


ほどなくして、ひとりの男性が姿を現した。



「……なんすか?夜勤明けで休んでるんですけど……。」



(うん、間違いないね。)


時に不審者と呼ばれる人物は、知り合いの名を騙り犯行を行うことがある。

しかし、今回は志乃の調査した風貌と本人の容姿が合致する。

彼が、住宅街を徘徊する不審者であるのだろう。



「はい、すぐ済むから許してね。」


「で、どちらさんですか?」


「うん、警察。」



北条は、にこやかに答えると、懐から警察手帳を取り出した。

その手帳を見て、深町の顔色が変わった。

連続火災に関係しているかどうかは分からないが、警察が調べると都合が悪い何かを持っていることは間違いない。



「任意……ですよね?」


「うん、任意。」



この言葉で北条は確信した。

この深町と言う男は、間違いなく何かを隠していると。


「じゃ、断ります。少しでも休みたいんで。」



深町はそこまで言うと、北条と虎太郎が何かを言うよりも早く、玄関のドアを閉めた。



「……いいかい虎、警察官が警察手帳を出して話を聞いた時に、任意ですか?と聞かれたら、ほぼその人はクロ、または限りなくクロに近いグレーだからね。」


「そんなもんなのか……。」


「だって、後ろめたいことが無ければ、任意だろうとなかろうと、警察の質問には答えてくれるでしょ?任意かどうか訊ねるなんて、あわよくば話したくないという気持ちの表れだよ。」



北条は、これまで何度も職務質問からの犯人検挙を成し遂げた凄腕。

今回も、深町が何か後ろ暗い何かがあるのだろうと、経験と刑事の勘で察した。



「でもどうすんだ?ドア、閉められたぜ?」


虎太郎がドアノブに手をかけたが、完全に施錠されてしまったらしい。ドアノブが回らない。



「……今日があったかい日で良かったね。ほら、窓も開いてるくらいだしね。」


「まさか……窓から乗り込むのか?」


「それこそまさかだよ。令状もない、誰も人質を取ってない男性宅に土足で突入したら、僕たちが犯罪者だ。現役警察官の不祥事だよ。」



苦笑いを浮かべる北条。



「じゃぁ、どうするん……。」


「仕方ないなぁ。じゃぁ里美ちゃんに話を聞きに行こうかなぁ。深町さんと接触があったみたいだし、『詳しく』話を聞いてみようかなぁ?」



虎太郎が北条に問おうとした、その時。

北条は大きな声で、開いている窓の中に声が聞こえるように言う。

すると、すぐに玄関の扉が開いた。



「……里美は、関係ない。」



そこには、北条を睨みつける深町の姿があった。



「……じゃ、話聞いても良い?」


「……外で話すのもアレなんで、中に入ってください。散らかってますけど。」



ようやく深町は、話をする覚悟を決めたようだ。



「……どうぞ。」



深町に案内されて、北条と虎太郎は部屋の中に入る。



「へぇ……なかなか綺麗にしてるじゃない。」


「ホント……俺の部屋よりも綺麗だぜ。」



男の独り暮らしとは思えないほど、掃除の行き届いた、整頓された部屋。



「彼女でも……いるの?」


「いませんよ。しばらくひとりです。」




少し不機嫌そうに、深町が言う。



「麦茶で良いですか?」


「あー、お構いなく。」



麦茶の入ったグラスを自分の分も含め3つ、テーブルに置くと、深町は北条と虎太郎に座るよう促す。



「……で、何の用ですか?俺は警察に追われるようなことは何もしてませんよ。」



早く話を終わらせて帰って欲しい。

深町の言葉には、そんな気持ちが含まれているようにも聞こえる。



「あぁ、そんなに時間は取らせないよ。最近起こっている放火事件について捜査しているんだ。何か知ってることがあったら教えてくれないかな?」



深町から感じる不満もそのままに、北条は自分のペースを崩すことなく淡々と話し始める。



「……アレ、放火事件なんですか?連続火災じゃなくて?」


「うーーん。連続火災ならまだ気持ちが楽だったんだけど……どうしても放火としか言いようがない条件が揃ってしまってね。」


「……条件?」



深町が少しだけ身を乗り出す。

その様子に、北条は小さな笑みを浮かべた。



「まずひとつ、被害に遭われた方々、みんな小さなお子さんのいる幸せそうな家族なんだよね。夫婦仲も良くて、子供も元気な家族ばかり。」


「おい北条さん、捜査情報だぞ……。」


「そしてもうひとつ。火災はこの住宅街の南側の地区でしか発生していない。つまり、犯人は南側の地区に執着がある、または行動範囲の都合で南側にしか手の出せない人物になる。もし後者だとしたら、同じ街区に住んでいる可能性が高い、と。……まぁ、現段階ではこんなところかな?」


「そう……ですか。」



深町の表情から、次第に余裕がなくなっていく。

その様子に、虎太郎も気づいた。


(こいつ、まさか……)



もしかしたら、北条は深町をもう犯人だと断定してこんな話をしているのか?

虎太郎は、北条の様子を見守った。



「……それで、本来なら秘密の捜査情報を、どうして僕に?」



深町が北条の答えを急かす。



「……キミ。不審者扱いされてるよ?」


「……え?」


「……え?」



北条の言葉に、深町だけではなく虎太郎も素っ頓狂な声を上げる。



(不審者だから、聞き込んだんじゃねぇのかよ……?)



北条の意図が読めない。



「僕は不審者なんかじゃ……。」


「そうだよねぇ。『元カノ』に会ってただけだもんねぇ。でも、ちょっと煙たがられてたんじゃない?だから。周りからは不審者に見えた、と。」



「…………。」



深町が言葉を失う。

北条は、なおも話を続ける。



「何を話したか、教えてくれないかい?」


「それは……」



きっと、深町と姉崎の関係に何かヒントが隠されている。

北条は、そう確信していた。



(きっと、このふたりのどちらか、または両方が今回の犯人と『何らかの関係がある』に違いないね。気を付けて話をしていかないとね……。)



「これは、任意ですか?」


深町が、真っ青な顔で北条に問う。


「任意だけど……令状を取りに行っても良いレベル、かな?」



次第に、北条の視線の鋭さが増してくる。



「里美とは……。」



北条からは、逃げられない。

そう悟ったのか、深町はか細い声で少しずつ姉崎とのことを話し始めた。



「付き合ったことはありません。里美と僕とは……ただの、幼馴染なだけです。」


「そうなんだ……。でも、好きだったんでしょ?」


「そ、それは……。でも、里美の方が、僕のことは眼中になかったみたいだから……。」



少しだけ寂しそうな表情を見せる深町。

その様子に、北条も驚いた表情を見せる。



(あ、あらら……読み違えたかな?)


北条は、深町と姉崎が何らかの形で協力関係にあると思っていた。

そして二人は恋愛関係、あるいはそれに近い関係であると思っていた。

人が死んでいる事件。

その事件に関わるのだから、ただの友人関係では共謀も出来ないだろう。

たとえ、大きな黒幕の存在があったとしても。


しかし、深町は姉崎に対して抱いている感情は、片想いだという。


北条は、自分の推理が綻んでいたことを即座に理解した。



(一方的な愛情で……里美ちゃんが犯罪に加担するのを黙って見ていられるか……?いや、むしろ止めるはず……。)



なかなか自分の引いた線が繋がらない、そんな感覚。



「じゃぁさ……何で不審者に疑われてまで姉崎さんのところに何度も行くんだよ。別に、幼馴染だったら、メールとか電話で良いだろ?」


「あぁ……。」



ふと、思ったことを口にした虎太郎。


「虎……ファインプレー!」



北条が思わず声を上げる。



そう、現代の日本では、メールや電話など通信手段が豊富にある。それなのに、なぜ深町は姉崎に何度も会いに行ったのか……。



「ねぇ、どうして直接会いに行ったの?」


「それは……里美、電話もメールも『返事できない』から……。」


「返信、出来ない?」



北条と虎太郎が顔を見合わせる。


「……そんなに、機械音痴なのか?幼稚園で働いてるのに?」


「いや……虎、そこは何か事情があるっていうのを想像するでしょ、フツー……。」



お互い違和感を感じてはいたものの、そもそも観点が違っていた。

しかし、姉崎が携帯電話を使えない、何らかの理由があることも分かった。



「……さて、深町君、明日のこの時間、また時間を貰えるかな?」


「また……ですか?」



北条の問いに、深町の表情が曇る。



「ごめんね……。でも、明日しっかり話を聞けたら、里美ちゃんを『解放してあげられる』かも知れないよ。」


「え……?」



北条はこの時、新たな仮説を組み立てていたのだ。



「きっと、里美ちゃんは何者かの指示で犯行に及んでいるかもしれない。それを止めようと、あるいは犯罪に手を染めることの無いように、直接説得に行った。おそらく……里美ちゃんは誰かに束縛されていると思ったから。」


「……!!!」



北条の仮定に、深町の目が見開かれる。



(……ヒット!)


北条が、小さく拳を握る。

つまり、この連続放火事件には、黒幕がいる。



「……分かりました。里美が平穏な暮らしを取り戻せるなら……。明日、同じ時間に待っています。僕、もう逃げも隠れもしません。どうか……力を貸してください。」



深町は、深々と北条と虎太郎に頭を下げる。

頷いた北条は、ハッキリと言う。



「もちろん。今回の事件、少しでも早く終わらせなければならないからね。」



そうして、北条と虎太郎は深町のアパートを後にする。



「大丈夫かよ……アイツ、逃げねぇか?」


すんなりとアパートを出てきてしまった事に、少々不安を感じる虎太郎。

これまで、なんど容疑者たちに逃走をはかられてきたか分からない。



「大丈夫だよ。きっと、彼は味方になってくれるよ。犯人とは一切関係ない。」


北条は確信していた。

深町の明日の証言が、この連続火災事件を解決する糸口になると……。


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