2-3
主婦たちに幼稚園の場所を聞いた北条と虎太郎は、早速向かう。
「保育園も大変だろうね。ここ1ヶ月で3人もお子さんが無くなったんじゃねぇ……。」
この1ヶ月で起こった火災は6件。
その中で幼児が3人、巻き込まれて亡くなっていた。
「ホント……何のために放火なんてするんだか。」
虎太郎が、手帳を見ながら大きな溜息を吐く。
「そうだねぇ……。まずは幼稚園に行って、被害に遭われた家族の話、聞いてみようか……。」
北条も小さく溜息を吐く。
虎太郎ほど感情を表に出さない北条だが、今回の連続放火犯に対しての怒りは募っていた。
出来るだけ早く犯人を逮捕したい。
その一心で北条と虎太郎は時間を惜しんで捜査をしているのだ。
「無線も有効に活用しながら、出来るだけ小さなことも見逃さない様にしよう。」
北条は、無線のイヤホンを虎太郎に手渡す。
「いけね、忘れてた……。」
「普通の刑事の捜査なら、こんなのは要らないんだけどね。僕たちは特務課。いろんな情報を共有できるし、何より各分野のスペシャリストもいる。これを使わない手は無いよ。……志乃ちゃん、この近辺での不審者情報が出たよ。火災発生時刻以外でも、防犯カメラ、当たってみてくれないかな?」
北条は、無線で司令室に連絡を入れる。
「……その件ですが、3件ヒットしてます。ただ、古いカメラで画像がだいぶ荒いので、性別までは分かりませんでした。」
「だから、いまトリミングしながら画像を解析してるよ~。あと30分待ってて。僕のソフトを使ってある程度予測しながら復元するよ。」
司令室では既に、主婦たちが見かけたという『不審者』の割り出しが進められていた。
「さすが……。ほら、ね?特務課のメンバーは優秀なんだよ。」
「お、おう……。」
虎太郎が、特務課の手際の良さに感心したその頃……。
「お、あれが幼稚園だね。……休園になってなければいいけど……。」
北条は、前方に見えるパステルカラーの可愛らしい建物を指さした。
「いかにも幼稚園って感じの建物だな。良く目立つわ……。」
ふたりが近づいていくと、次第に子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
「良かった、休園ではなかったみたいだね。」
「まぁ……加害者が園に居ない限り、休園にするのは不自然だもんな。」
幼稚園の門越しに、中の様子を窺う北条と虎太郎。
見たところ、園児・保育士ともに大きな問題はなさそうだ。
優しそうな保育士が4~5人、老婆……園長だろうか?開け放たれた事務室の窓からその姿を確認できた。
「さて……手っ取り早く聞き込むとしたら、園長先生かなぁ……。」
北条が、聞き込む順番を考えていると……。
「フシンシャだ~~!!」
「なんかウロウロして、変な感じ!!」
「せんせーーー!!フシンシャがいるよ!!!」
北条と虎太郎の姿を見た園児たちが、騒ぎ出す。
「やべ……。」
「まぁ、確かにお爺ちゃんとゴリラ男が覗いてたら、不審者だよねぇ……。」
「ゴリラ男って……。」
逃げ去る子供たちを苦笑いで見送ると、間髪入れずに若い保育士が走り寄ってくる。
「何の……御用ですか?」
不審者を撃退するために来たには些か頼りない、気弱そうで華奢な保育士が1名、門越しに北条・虎太郎の前に立った。
「あ、俺たちは怪しい者じゃ……。」
虎太郎の言葉に、警戒の色を強める保育士。
「虎……それは怪しい人の常套句じゃないか……。ごめんね可愛らしい保育士さん。僕たちは警察の者だよ。最近この周辺で起こっている連続放火事件について話を聞きたくてね……。」
保育士をなだめるように、北条が優しく訊ねる。
保育士は一瞬、身をこわばらせたようにも見えたが、大きく息を吐くと、
「みんな……不安を感じています。この幼稚園でも園児が3人、犠牲になっています。子供たちも、お友達が突然3人いなくなったことに戸惑っていますし……。」
俯きながら、青ざめた顔をする保育士。
「もしかしたら、住宅だけではなく、この幼稚園も狙われたら……そう思うと不安で……。」
「確かに、そう思ってしまうのも無理もないね。だから、僕たちは捜査をしてる。出来るだけ早いうちに犯人を逮捕して、この悲しい事件の幕を下ろす。それが警察の役目だからね。」
自分の思っていることを、包み隠さず真摯に話す。
それこそが、北条のやり方であり、このように話されると、初対面の人でも心を開くのが早い。
(すげぇな……。これが、元捜一のエースの実力か……。)
ただの聞き込みなのに、と虎太郎は高をくくっていた節があったが、目の前で保育士が徐々に表情を変えていくのを見て、その聞き込みの大切さを思い知らされたのだった。
「事件と関係あるかどうかは分からないんだけど……。最近、不審者がこの辺をうろついているらしいじゃない?事件と関係あると思う?」
「さぁ……。その男は良く夕方に現れると聞いてますが、夕方では人目につきますもんね。放火は深夜に起こっているから……その間、準備でもしているんでしょうか?
?」
全く心当たりのない様子の保育士。
しかし、北条の目に鋭さが増した。
そしてその様子を、虎太郎は見逃さなかった。
「そうだよね、不自然だよね……。うん、ありがとう。また聴き込みに来るかもしれないけれど、その時はまた協力してね。」
北条は、この辺りで聞き込みを切り上げることにした。
「おい、まだ他の保育士もいるだろう?もう少しだけ……。」
「いやいや、今日のところはこれで充分だよ。あんまりたくさん聞きすぎると、嫌なことばかり思い出しちゃうからね。それにもし『不審者』に見られでもしたら、彼女に危険が及ぶだろう?ほら。」
北条は、虎太郎に自分の腕時計を見せる。
「16時……あ、夕方か……。」
不審者は夕方によく現れる。
その保育士の話が事実であれば、そろそろ今日も出没してもおかしくない時間である。
「じゃ、我々はこれで。いやぁ、驚きましたよ。最近の保育士さんはみんな若くてお綺麗だ。私が子供の頃は、肝っ玉母ちゃんみたいな人ばかりの思い出しかありませんよ……失礼。」
「北条さん……いつの時代の話してんだよ。あ、名刺渡しておくんで、何かあればここに連絡ください。」
虎太郎は自分の名刺を保育士に渡す。
保育士は軽く会釈をすると、名刺を受け取った。
「ほらぁ、ナンパしてないで行くぞ虎ぁ!!」
「ナンパじゃねぇよ!!ってか聞き込みしたら連絡先渡すのがフツーじゃねぇか!!」
「まぁ……そういうやり方もある。」
「そう言うやり方が王道なんだよ!!」
軽く言い争いながら、北条と虎太郎は幼稚園を離れた。
「グッジョブ、虎。」
幼稚園が視界から消えたところで、北条が虎太郎に言った。
「ん?」
「名刺を渡してちゃんと彼女と我々を繋いだところだよ。お前にしちゃファインプレーだ。」
不意に褒められた虎太郎は、不思議そうな表情をする。
「でも、ただの保育士だぜ?」
「彼女……多分事件に関係してるか、不審者に関係してるか、どっちかだよ。」
北条は、手帳にメモをしながら、淡々と話す。
「え?」
虎太郎は、その北条の予想に驚く。
「あんな気弱そうな?ちょっと問い詰めたら泣いちゃいそうな女が?」
「うん。」
「いや、ありえねーよ。」
「だってあの子、不審者が『男』だって知ってたじゃない。」
「……え」
北条が早々に保育士の聞き込みを切り上げた理由がそこにあった。
「僕はただ『不審者』としか言ってない。でも彼女は、『不審者の男は』って言った。てことは、不審者は男だったという事を確認している、または知っている人物であるという事だよ。」
「あ……。」
うっかり聞き流していた言葉を、虎太郎は必死に思い出した。
そして……。
「……確かに。」
「……遅いよ。」
虎太郎も、異変に気付いた様だった。
「じゃ、不審者の捜索を始めながら、本部にはあの保育士さんのことを調べてもらおうかね。」
北条は無線を使い、本部に調査を依頼する。
「現場付近の幼稚園の保育士さん、彼女たちの経歴をひとりでも多く洗って欲しいんだ。特に、20代半ばくらいの細身の美人な保育士さんから。」
無線の先では、志乃が返答をする。
「了解しました。北条さんの好みの方ですか?」
「好みか……どっちかって言うと志乃ちゃんのが好みかなぁ?」
「ふふ……ありがとうございます。それじゃ、調べ始めますね。」
志乃は早速、調査を始めた。
「……北条さん、あっさり流されたね。」
「うん、流された。」
北条と虎太郎は、そのまま住宅街を歩くことにした。
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