2-2

「……酷いねぇ……。」



現場に到着した北条と虎太郎。

その悲惨な光景に、北条が溜息混じりに呟く。



「これで、何件目さ……。もう、放火事件で確定でしょ?」


「あぁ……。さっき、捜査1課の稲取さんと香川に聞いたんだが、火の不始末ってことはなさそうだ。家はオール電化。両親と子供の3人家族だったが、両親は煙草を吸わなかったらしい。そして、電気の配電盤・ブレーカーの類に故障の形跡も、漏電の際に見られる焦げ付きもなかったらしい。そして、壁の燃えカスから、どうやら火は家の外側から燃え広がったらしい。」



これまで、身体を使った捜査が信条だった虎太郎が、最近では聞き込みなど下調べも積極的に行うようになった。

それは、前回の女性連続殺人事件がきっかけである。



「もっと俺の頭がよく回って、ちゃんと集めた情報が頭の中に入っていたら、被害者はもっと少なかったかもしれないし、何より司令を危険な目に遭わせることもなかった。」



それは、そもそも結果論なのだが、虎太郎の中で『身体を使うだけでは駄目だ』という意識が芽生えたことを、北条は素直に喜んだ。



「うんうん、よーく調べたね虎。」


「へへん、まぁ、こんなもんだろ。」


「付け足すと、みんな『幼児のいる家庭』であるという事かな?」


「え?あ……。」



これまでの連続放火事件のメモを見直し、思わず声を漏らす虎太郎。



「おそらく、犯人は狙ってやってるよ。法医の雪ちゃんに聞いたけど、どのご遺体も肺の焼け具合から、生きたまま炎に包まれたというのが有力だそうだよ。酷いもんさ……。」



北条が悲しそうな表情で、焼け落ちた家の周囲を見る。

まだ買って間もなかったのか、綺麗に磨かれた3輪車が置かれていた。

その傍らには、砂遊びのための道具。



「住宅街で、平和に暮らしていたんだろうねぇ……。子供と遊んで、時にはしつけに苦戦して、泣いて笑って……。お子さんもまだ幼児だったんだ。出来ることが少しずつ増えて、たくさんお話して……幸せな未来しか見えなかっただろうに。」



寂しそうに話す北条。

その目には怒りの炎が灯る。



「虎ぁ、聞き込みするぞー。少しでもたくさんの話を聞いて、早期解決を目指すんだ。犯人に良い思いなんてさせないよ。必ず逮捕して、罪を償ってもらおうじゃないか。」


「……了解!!あ、俺、稲取さんにこれからの方針を報告してくる!!」


「あぁ、そうしな……って、いつからそんなに仲良くなったんだい?」


「まぁ、いろいろ相談に乗ってもらってるからな、アンタのことで。」


「僕のことぉ?」


「まぁ、行ってくるわ!!」



虎太郎は勢いよく走り去っていく。

その背中を見つめながら……。



「僕……優しいバディ、だよね……??」



……と、ひとり呟く北条なのであった。






閑静『だった』この住宅街。

この一帯を、地元住民たちは『一等地』と呼び、ここに居を構える家族を羨んでいた。

この一帯に一戸建て住宅を構えて住むことは、ある種のステータスのようになっているのだ。



「しかし……みんないい家ばっかだな……。俺の実家がここにあったら、間違いなく浮くな……。」



そんな家々を見て回りながら、虎太郎は小さく溜息を吐く。



「身体張って、命がけで犯人を捕まえて……、あと何年働けばこんな家を建てられることやら……。おっと、仕事仕事。」



穏やかで少し高級感のある生活に憧れを抱きながらも、虎太郎は職務に戻る。



「……ま、こういうのは運命なんだろうな。別に、今の生活に不満なんてねぇよ。」



1件ずつ家を見ながら、周囲に不審なものは無いか、植え込みに何か怪しいものが隠されていないかを入念にチェックしていく。



「特に、怪しいものはねぇな……。」



連続放火犯が、そこまで迂闊なわけはないだろう、と諦めて引き返そうとしたその時だった。

住宅街の一角で、女性たちが井戸端会議をしている。

どうやら、この一帯に住む主婦たちのようだ。



「ちっす、ちょっといいっすか?」



虎太郎たちが近づき声をかけると、主婦たちは怪訝そうな表情を一様に浮かべた。



「あ……俺、警察のもんです。最近この辺りで起こってる火事について少し話を聞きたいんすけど……。」


「警察の……方?」



虎太郎が見せた警察手帳を見て、少しだけ主婦たちの警戒も解かれる。




「毎度、この近辺で火事が起こっちゃ、皆さんも落ち着けないっすよね。俺たち、出来るだけ早く原因の究明をしようと聞き込みに走ってるんです。知ってることあったら、教えてもらえないっすか?」



虎太郎は不器用ながらも一生懸命、主婦たちに協力を求める。

そのまっすぐな姿勢に、主婦たちも安心したようだ。



「捜査の役に立つかどうか、分からないけれど……。」



こうして、主婦たちの井戸端会議に加わることになった虎太郎は、この近辺の様々な噂を聞いた。




「へぇ……不審な男?」


「そうなのよ。最近、夜な夜なこの近辺を徘徊してるらしくて。怖いわよね~!」


「誰か、狙ってる人でもいるのかしら?怖いわね~」



此処での井戸端会議で最も有力な情報だったのは、『この近辺に深夜、不審者が出没する』という事だった。

しかし、その情報もあくまで噂話で信ぴょう性がない。


(うーーん、主婦の噂話なんて、こんな感じなのかな……。)



参考程度に聞いておこう、そう思った時だった。



「いやぁ、さすがは情報通!いろんな話を知ってるねぇ。」


「……北条さん?」



いつの間にか、虎太郎の背後に北条がいた。

北条は、主婦たち一人ひとりの表情を観察する。



「……あ、こんな話も聞きたいなぁ。この辺に、放火に遭った家族の共通点、無いかなぁ?……例えば、同じ歯医者に通ってました、とか……。」


「共通点?」


北条の問いに、虎太郎が目を丸くする。



(聞き込みって……こんな風にやるのか……。)



ただ、怪しい人物の確認だけしていた虎太郎。

しかし、北条はその一歩先の聞き込みをしている。

これが、経験の差かと虎太郎は感じた。



「あ、あるわね共通点。みんな……。」


「……あぁ、そう言えば……。」



北条の問いに、主婦たちが顔を見合わせて頷く。



「みんな、お子さんが同じ幼稚園に通っていたんです。このすぐ近くの。」


「もしかして……あの幼稚園が狙われてるのかしら?」


「でも、あんなに良い幼稚園、誰かに恨まれたりトラブルになったりなんて、考えにくくない?」



井戸端会議が再び熱を帯びる。

その傍らで、北条は虎太郎に耳打ちをした。



「……次の目的地、決まったみたいね。」



次のふたりの目的地は、この近所にある幼稚園に決まった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る