第2話:燃え上がる想い
閑静な住宅街・午前2時。
誰もが寝静まったこの住宅街に、ひとり佇む人影があった。
「どうして……みんな幸せなんだろう。みんな、幸せな結婚をして、幸せな家庭を築いたんだろうなぁ……。妬ましいなぁ……。」
恨み言を言いながら、背負っているリュクサックを下ろす人影。
「幸せになるどころか、裏切られ、騙され罵られ……泣きながら生きる人だっているのになぁ……。」
リュックサックの中に入っていたのは、小さな携行缶に入れられたガソリン。
そして、チャッカマンと新聞紙。
ぶつぶつと恨み言を言いながら、一軒の家に近づいていく、その人物。
すぐ近くには、幼稚園がある。
「良いなぁ、幼稚園が近くて。夫婦で仲良く子供を送り出して、ニコニコしながら仕事に行くんだろうなぁ……。妬ましいなぁ……。」
呟きながら。広げた新聞紙にガソリンを含ませていく。
手際よく火種を作成したその人物は……。
「……そんな甘ったるい幸せ、毎日見ていたくないんだよなぁ……。だから……燃えちゃえ。」
チャッカマンで火をつけたその新聞紙を、躊躇うことなく家の壁際に向けて放り投げた。
燻るような黒い煙が立ち込めた後……。
ガソリンを吸った新聞紙は一気に発火し、壁を燃やしていく。
ごうごうと音をたてながら、まるでキャンプファイヤーのような炎を上げていく、民家。
「か、火事だ―――――!!!」
不意に、近くから声がする。
近隣住民が炎の明るさに気が付き、大声を上げたのだ。
咄嗟に、火をつけた人物は着ていたパーカーのフードを目深にかぶり、物陰に隠れる。
燃えている民家の電気は未だ点かない。
「おい!!起きろよ!!家が燃えてるぞ!!早く逃げろ―――!!」
このままでは危ないと思ったのか、声を上げた住民の男性が、民家の玄関のインターホンを鳴らし、大声を上げながら扉を叩いた。
ようやく、家の中の電気が点く。しかし……
「う、うわぁぁ!!」
必死に呼びかけた住民の男性が、急いで家から離れる。
もう、逃げることが難しいほど火の手は回り、家は完全に炎に包まれていた。
住民の大声を聞きつけ、近所の人たちが次々と外に出てくる。
状況を把握した住民たちは、手分けして119番通報したり、消火器を持ち寄ったりと団結した。
「助けて……助けてくれ――!!」
「うわぁぁん、わぁぁん!!!」
「いやぁ!!助けてください!!お願い!!」
家中の窓が次々と開かれ、中にいた民家の家族が必死に叫ぶ。
それを見て……犯人は笑う。
「あらあら……駄目だよそんなに窓開けちゃ……。」
家の中の酸素が薄くなり、一度は弱まったかのように見えた炎。
しかし、窓を開け、外の空気を取り込んだことで、一気に酸素が家の中に送り込まれ、再び炎の勢いが増す。
「助けて―――!!!」
「げほっ!!げほっ!!」
必死に窓から身を乗り出し助けを求める家族。
「……むーだだよ。もうすぐそこ、崩れちゃうから。早く消防士さん来ないかな?早く助けてあげて―――」
その必死な家族の様子を見ながら、思わず吹き出してしまう犯人。
ちょうどその頃、消防車のサイレンが遠くから聞こえてきた。
「来たぞ!!消防車だ!!」
「車を動かせ!!出来るだけ近くに消防車を停められるようにするんだ!!」
住民たちの連携は素晴らしい。
あっという間に、火災現場の周辺には、消防車が停められるスペースが出来た。
「なんて素晴らしい……これならどんな事件や事故が起こっても、他の地域より生き残れるね……。今回以外は。」
小さく拍手をしながら、まるでテレビドラマを見るように現場の様子を見守る犯人。
そして、ようやく消防車が現場の前に到着した時……。
「さよなら……幸せな家庭。」
炎に包まれもろくなった1階部分が崩れたその家は、助けを求める家族のいる2階部分を、一気に炎の中に引きずり込んだ。
救出を信じてやまなかった住民たちの目の前で、幸せだった家族は、無慈悲にも炎に喰われていくのであった……。
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