1-9
「この人形、どうして顔が無いかわかるかい?」
本宮が、鉈で自分の『作品』を指す。
「……集めた部分以外は『偽物』だからさ。僕は『本物の美』が欲しいんだ。だから、作られていない、本物の美しい部分を集めた。でも、みーーんな顔を整形してた。だから、顔の本物はなかなか見つからなかったんだ……。」
じり、じりと本宮が司に歩み寄る。
司は、迫りくる命の危険、恐怖に抗うかのように、グッと奥歯を噛み締める。
「どうして……綾さんだけ、身体に傷をつけなかったの?」
「…………」
振り絞るように発した問い。
本宮は、一瞬動きを止めた。
「愛した人だから……よね?いかに怒りがあったとはいえ、一度愛した人を残酷に殺すことは躊躇われた。そう言うことでしょう?」
司の言葉に、本宮は明らかに苛立った。
「あぁそうさ……。この鉈を振り下ろしてやろうと思ったけど……これまでの綾との思い出が、頭をよぎってしまった。だから……出来るだけ傷つけずに、安らかに逝かせてやろうと思ったんだ……。」
「そんなに気遣うなら……殺さなければ良かった……!」
「うるさい……!結果、綾は僕のことを騙していたんだ。仕方なかったのさ!!」
司の眼前に、本宮が迫った。
「さぁ、お喋りは終わりにしよう。その顔……どこも弄られていない、純粋な美しいその顔を……もらうよ。」
「……っ!!」
司が、恐怖に目を閉じる。
その時だった。
「テメ―こそ、お喋りは終わりだ。観念してお縄につけや。」
「いやいや……聞いたよ本宮くん、何もかもね……。」
開け放たれた倉庫の扉。
その向こう側から声が聞こえた。
「北条さん……!虎太郎くん!!」
司が歓喜の声を上げる。
そこには、駆け付けた北条と虎太郎の姿があった。
「お前ら……どうしてここに?」
この場所が分かるはずはない、そう言いたげな本宮。
「犯行を隠すなら、部屋の中にまで気を遣うべきだったよね。申し訳ないけれど君の部屋……証拠とヒントの宝箱だったよ。現場保持は警察のお仕事。犯人はちゃーんと証拠隠滅しなきゃ。……もっとも、僕は必ず暴くけどね。」
北条は、そんな本宮に笑いながら言う。
「ただの写真趣味なら、あそこまで立派なカメラは持たない。あれは本来、本職か余程のカメラ好きしか持たない。しかもレンズなど付属品もフルセット。あれは趣味の域じゃない。カメラマンで検索したら、すぐ出てきたよ。出てきてしまえば……。」
北条は、自身のスマホを指さす。
「人物、経歴、今の職業、趣味、交際関係……いろんなものがこのスマホに流れてくる。それが……特務課の力さ。」
北条は、まず本宮の部屋の中をくまなく調べた。
しかし、大袈裟に捜索するのではなく、部屋の中で犯人が気づかれないだろうと油断しているポイントに注視した。
その結果、本宮が『趣味』と言い放った、本職用ともいえるカメラを発見。
しかも、被害者である綾の美容外科の処方箋も出てきたのであった。
あとは、北条が得た情報を司令室に詰めている悠真に流すだけ。
悠真の天才的な情報収集能力で、本宮の経歴や過去、そして現在の仕事は既往歴まで、洗いざらい悠真は調べ尽くしたのであった。
「もちろん……君の両親のことも分かった。お父さんの勤めていた会社、お母さんが働いたパート、『その後の仕事』全部ね。それどころか、君のお父さんを嵌めた女性、その彼氏、関係のある暴力団から系列店まで……。話の通り、君は悲運な人生を送ってきたようだね……。」
悠真から送られてきた情報は、本宮が司に話した過去の話と相違なかった。
「もちろん……君も悲しい人生を背負ってしまった、言ってみれば被害者さ。でもね……。」
普段は温厚でのらりくらりと話す北条。
しかし、この時ばかりは鋭い視線を本宮に向ける。
「……っ!?」
思わず、本宮がたじろぐほどに。
「でも、だからと言って人を殺していいという事にはならないんだよ。社会的な制裁を加える、賠償金を取る、裏の話だと別れさせ屋だってあるし、お父さんの会社に密告と言う手だってあった。殺しはね……誰も救われない、最後にして最悪の道、なんだよ……。」
本宮の辛さを感じたからこそ、北条は胸が締め付けられるような思いだった。
それでも、犯罪者は逮捕されなければならない。
どんなに悲しい人生を歩んできたとしても、自らの罪はしっかりと償わなければならないのだ。
「長い贖罪になるかもしれない。君がしてきたことを考えると、死刑になるかもしれない。でも……、それでも君には、自分のしたことをしっかりと悔い改めて欲しいんだ。君には、人間としての心をしっかりと取り戻して欲しい。」
北条は、しっかりと北条に向き合い、語りかける。
「……もう、何もかも遅いんだよ。僕は『最後の扉』を開けてしまった。もう引き返せない扉をね。だから……どのみち人生は終わり。それなら……。」
本宮はもう一度、赤黒く染まった鉈を握りしめる。
「……最高の作品を、完成させる……。」
そのまま、じりじりと司に歩み寄った。
「……貴方、哀れね……。」
北条と虎太郎が合流した今、司の心の中にはもう恐怖心はなかった。
あるのは、本宮に対する哀れみだった。
「哀れだっていい……。僕の人生は、母が死んでからもう終わっているようなものだ。だったら……。」
本宮が、鉈を振り上げる。
赤黒く染まった鉈が、まるで死神の鎌のようにも見え、司の背筋に冷たいものが走る。
「傑作を完成させてやる!!!」
その鉈が、何の躊躇いもなく無慈悲に司の首に向かい振り下ろされる……。
「させるかボケェ!!」
それを止めたのは虎太郎だった。
虎太郎は本宮の腕を掴み、力いっぱい本宮を引っ張る。
本宮はまるで宙を舞う様に、倉庫の外へと投げ出された。
「遅れてごめんよ。怖かっただろう?よく頑張ったねぇ。」
本宮が倉庫の外に出たのを確認して、北条が司の拘束を解く。
「北条さん……ありがとうございます……。」
司は、北条の上司、特務課の司令として気丈に振舞おうと努めたが、目前まで迫った死の恐怖に、身体の震えが止まらなかった。
「無理しないでいいよ。君だって女の子なんだからさ。」
そんな司の様子を悟ってか、北条が優しく司に言う。
「怖かった……もう、ダメかと思った……。」
そんな北条の言葉に、司はようやく本音を北条に漏らすのであった。
「よしよし、頑張った頑張った。あとは任せておいてよ。……虎に。」
「……え?」
司は耳を疑った。
本宮ほどの残忍な犯人を、まるで虎太郎ひとりに任せると言わんばかりの物言い。
相手は人を殺すことに何の感情も抱いていない。
それどころか、今現在も大きな鉈を携えているのだ。
「北条さん、いくら体格のいい彼でも、凶器を持った殺人鬼相手にひとりでは……。」
司が心配そうに北条を見る。
しかし、北条はうっすら笑みを浮かべたまま。
「大丈夫、大丈夫。」
虎太郎だけ、司がスカウトしたのではなく、当時スカウトした北条が連れてきた。
「いつか、皆の助けになるはずだからさ。」
そうとしか北条は言わなかったが、元捜査一課のエースのいう事だと皆信じた。
捜査官としては物足りない。
直観力は並外れているものの、推理は人並みだし、凶器の鑑定や犯罪者心理など、全く分かっていない。
まるで動物の様な……本能で動くタイプの警察官だというのが、虎太郎の第一印象だった。
(どうして、そこまで彼のことを信頼できるの……?)
司は、本宮と対峙する虎太郎に視線を送った。
「オラどうした、さっさとかかって来いよ。司令の顔が欲しいんじゃねぇのか?」
虎太郎が、本宮を挑発する。
死神の鎌を彷彿とさせる、赤黒く染まった鉈が目の前でゆらりと動いているにも関わらず、恐怖心は欠片もないようだ。
「お前……どのみち俺のことを殺さねぇと、目的達成どころか……人生終わりだぜ?」
虎太郎は、不敵に笑った。
「お前……怖くないのか?僕は武器をもってお前に向かって行こうとしているんだぞ?」
自信満々の様子の虎太郎に、本宮は疑問を抱く。
この男は、何故こうも堂々としていられるのかと。
「別に、怖くねぇ。いかに大層な得物を持っていようと、使い方がなってなければ怖くはねぇ。お前……素人だろ?」
「なんだと……?試してみるか?」
虎太郎の挑発に乗った本宮は、鉈を振り回しながら虎太郎に襲い掛かる。
しかし、虎太郎はその鉈の軌道を冷静に読み、怖がることなく落ち着いて躱していく。
「凄い……。どうしてあんなに落ち着いていられるの?私も護身術を習ったけれど……、実戦慣れしているみたい。」
虎太郎の戦闘能力に、司が驚く。
その表情を見て、北条は笑みを浮かべた。
「期待通りのリアクションで嬉しいよ。虎はね、警官の各種武道・格闘技大会のねぇ……『全種目王者』なんだよ。」
「……え、えぇ!?」
北条に虎太郎の経歴を聞かされた司は、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。
「うっそ!凄いじゃん!!志乃ちゃん、知ってた?」
「えぇ……噂程度にですが……。でも、まさか虎太郎さんだったなんて驚きです……。」
無線で内容を聞いていた悠真と志乃も、驚いた様子。
「辰川さんは知ってた?」
「あぁ……俺は北条に聞いてた。捜査力はヒヨッコだが、こと犯人確保においては特務課の中でも最強になるだろうって。」
北条の先輩にあたる辰川は、予め虎太郎が来ることを知らされていたらしい。
「でもよ……ありゃぁ異常だ。全種目王者って言っても、試合での話だろ?あんなふうに、実際何人も殺した凶器を振り下ろされて、平気な顔してるなんて、正気の沙汰じゃねえよ。」
辰川も、たくさんの犯罪者を見てきたし、犯罪者を前にして無慈悲に殺害されていった被害者たちの恐怖に歪んだ表情も幾度となく見ている。
そんな辰川が言うのだ。
「あれは……ネジが一本、ぶっ飛んでやがる。」
それだけ、虎太郎は常人離れしているというのだ。
無線でその話を聞いていた司は、虎太郎と北条を交互に見比べ、思う。
(北条さん……一体私たちも知らない秘密をいくつ持っているのかしら……)
昔から、謎の多い人だった。
しかし、北条の助言通りに動けば、最悪の結果は避けられたし、むしろ最善の一手にたどり着いた時もあった。その方が多かった。
(北条さん……全く底が見えない人だわ……。)
そんな北条も、仲間であればこれほど頼もしいことは無い。
本宮の事件を経て、司はそれを確信したのであった。
虎太郎と本宮が対峙している。
何度も何度も、本宮は鉈を振り下ろすが、虎太郎はその軌道が読めているのか、それとも本能で躱しているのか、鉈は虎太郎の服すらかすめることが出来ずに空を斬る。
「おいおい……お前、自分より弱い者しか殺せねぇのか?とんだ殺人鬼だなぁ、あぁ?」
虎太郎が本宮を挑発する。
本宮は真っ赤な顔をして次々と鉈を虎太郎に向かって振り下ろしていく。
「どうして挑発するの……?余計に危険だわ!」
刃物を持った犯人は挑発するな。
それが、警察学校時代から習ってきたセオリー。
司は、そんなセオリーとは真逆の行動をしている虎太郎の意図が分からずにいた。
「……それは、周囲に民間人がいるかもしれないから、でしょ?いまは本宮と虎の一騎打ちみたいになってる。そうなったらもう、1対1の殺し合い。『そっちの』土俵なら、虎に任せた方が間違いない。」
「そっちの……?」
北条は、虎太郎の経歴を知っているからこそ、虎太郎のやり方に絶対の信頼を寄せている。
「虎はね……若い頃は『ギャング』と呼ばれる反社組織に居たんだよ。」
「……え?」
「この話、僕と司ちゃんとの秘密にしておいてね?」
ふたりの秘密、と前置きをしたのち、北条は虎太郎のことを語りだした。
「学校での喧嘩は負け知らず。もともと格闘技をやる前から相当強かったんだ。そのぶん争いごとも多かった。ギャングになったのも、絶えない争いの流れで仕方なく、だ。」
本宮に疲れの色が見え始めた。
「その組織、極道組織とも繋がっててね。下手な仕事は自分の死に直結した。仲間たちが、何人も東京湾に浮かんだらしいよ。虎は、何度も何度も死の恐怖を感じながら生きてきた。命を守るために、死なないために強くなるしかなかったんだよ。」
「…………。」
北条の話に、司は絶句する。
「そして、警察の一斉検挙のためにギャングは解散となった。メンバーのほとんどが逮捕されたからね。その、逮捕されてないメンバーたちのひとりが、虎だったんだ。虎は確かにその強さを生かして用心棒のような事はやっていた。でもね、薬にも手を出していないし、詐欺や破壊活動等の犯罪には一切手を出さなかったんだ。僕は、虎に今後の人生についてよーく話した。結果、どういう経緯かは本人しか分からないけど、虎は警察官を目指すことになった……。と言うわけさ。」
「そんなことが……。まさか、今では刑事になっているなんて……。」
どのように北条が新しい道を指し示したのかは分からない。
しかし、結果として虎太郎は、特務課に無くてはならない存在となろうとしていた……。
「はぁ、はぁ……くそ、どうして当たらないんだ……。」
本宮は、もはや戦意を喪失しているようにも見えた。
何度襲い掛かっても、怯むどころか余裕すら見せる虎太郎。
今まで襲ってきたどの人間とも違う、不思議な感覚。
「僕がこれまで殺してきた人間はみんな……恐怖に顔を歪め、命乞いをしながら逃げ回ってたのに……。」
「……そうやって命乞いをしてきた人間を、お前は無慈悲に殺したってことだよな?」
虎太郎の拳が固く握られる。
その行動が、自身に危害を及ぼすものだと、本宮は即座に理解した。
「……ひっ!や、やめ……」
本宮の懇願が終わるよりも早く、虎太郎の拳がその頬にめり込んだ。
成す術もなく、本宮は後方に弾き飛ばされた。
「う……うぅ……。」
「オラ、立てよ。まだ終わっちゃいねぇぞ……。」
そんな本宮の髪を掴み、無理やり立たせる虎太郎。
次は顎に、腹に思い切り拳を叩き込む。
「もう……やめて……。」
激痛に表情を歪めながら、本宮が虎太郎に乞う。
しかし、虎太郎は本宮の髪を掴んだままの左手を離そうとしない。
「まぁ待てよ。もう少ししたら、あの鉈……借りるからよ。あと数発殴って動けなくなったら、今度はあの鉈で少しずつ身体を切り刻んでやる。お前がやってきたようにな……。」
本宮が殴り飛ばされたとき、思わず手を離してしまった鉈を見ながら、虎太郎が言う。
その視線に、本宮は本当に死の恐怖を感じた。
「誰か……助けて……ころ、殺される……」
本宮は周囲に視線を泳がせる。
司に、そして北条に視線を向け、必死に訴えかける。
「北条さん……。」
司が困った表情で北条を見る。
しかし、北条は小さく首を振った。
「大丈夫、虎は本当に殺したりはしないよ。もう少し、任せてみようよ。」
本宮の懇願などどこ吹く風。
北条は飄々と答えた。
「司ちゃん、君は本当に優秀な刑事だ。加害者の人権なんかも考えて心配しているんだろう。でもね……。」
虎太郎が、本宮をまた数発殴り、床に投げ捨てる。
「……決して足を踏み入れてはいけない領域に踏み込んだ加害者は、それなりの覚悟をしておかないといけないんだ。そう……。」
この時の北条の鋭い視線に、司は凍り付くような恐怖を感じた。
「……それこそ、死ぬ覚悟をしないとね。」
もはや、逃げる余力も残っていない本宮。
虎太郎はそんな本宮の側に歩み寄る。
カラカラと、赤黒い鉈を引きずりながら。
「頼む……殺さないで……」
恐怖の先の絶望を感じた本宮。
手も足も動かない、そんな状況で、消え入りそうな声でそれでも必死に命乞いをした。
「俺は、ちゃんと聞いてやるよ。……何か、言い残すことはないか?」
虎太郎の冷たい目。
本宮をまるでゴミのように蔑んだ、無機質な視線。
その視線を感じたとき、本宮は自分は本当に殺されるのかもしれないという不安に襲われた。
「ごめん……なさい!僕が間違っていた!ただの逆恨みだ!美しいものが好き……それは、美しいものにより多く近づくための口実だったんだ!本当は、美しいものを壊したくて……美しいものが憎くてたまらなかった……!」
時おり、呻き声をあげながら本宮が自分の想いを吐き出していく。
その様子を虎太郎は、口を挟むこと無く聞いていた。
「じゃぁ……何で綾さんと付き合ったんだよ。同棲までして……。」
本宮と綾の付き合いは長かったはず。
同棲にまで進展するには短時間ではなかなかうまくいかないものだ。
「綾さんには……いままでの女性たちとは違うなにかを感じてたんじゃねぇのか?そうじゃなければ、憎しみに駆られたお前が、綾さんと生活を共にするはずがねぇ……。」
虎太郎自身、婚約をした恋人がいるから分かる。
生半可な気持ちじゃ共に暮らすことは出来ない。
それこそ、いつか人生を共にする覚悟がなければ……。
「綾は……俺の話を聞いてくれた。反論するでもなく、意見するでもなく、ただ俺の話を聞いてくれたんだ。だから……心を許してしまったのかもしれない……。」
本宮の孤独に唯一寄り添ったのは、綾だったのだ。
「綾さんが、第一の被害者じゃねぇな?」
このとき虎太郎の直感が、新しい事実を導き出した。
「あぁ……何人か殺して、ここで繋ぎ合わせていた。この『作品』のことは気付かれることはなかったが……、綾は俺が人を殺したことを知ってしまった。」
「話し合おうとはしなかったのか?」
「綾は……一緒に罪を背負うから、僕のことを待つから自首してくれと言ってきた。でも……何年も『作品』を放置したらダメになってしまう。だから僕はもう少し時間がほしいと言ったんだ。それなのに……。」
本宮は、自首して罪を償うことよりも、自身の『作品』を完成させることを優先させてしまった。
そして、それに綾が反論してしまったことで、本宮に殺意が芽生えてしまったというのだ。
「バカ野郎……自分の恋人だぞ。殺すことがどう言うことか、考えなかったのか?」
「考えた。考え抜いた結果……綾は安らかに死なせてやろうと思ったんだ。苦しまずに、眠ったままで……。」
そう言った本宮の目には、涙が光っていた
「バカ野郎が……!」
虎太郎は、地を這う本宮を無理矢理立たせる。
「お前が本当に反省して、ちゃんと罪を償ったいたら……きっと、待ってたと思うぞ、綾さんは……。」
そう言い、もう一度だけ、本宮を思いきり殴り付けた。
不格好に地に倒れる本宮。
「お前が殺しをやっていたと知っても、綾さんは逃げなかった。それどころか、ちゃんとやり直していこう、そう思ったからお前と話したんじゃねぇのか?」
虎太郎の大きな声が反響する。
「綾……僕は、僕は……!」
ようやく、ことの重大さに気付いた本宮。
虎太郎は、大きなため息を吐くと、それ以上はなにも言うこと無く本宮の両手に手錠をかけた。
「もう、誰も死んだ人は戻ってこないけど……、死んだ人たちの分、しっかり償え。」
こうして、一連の事件は容疑者逮捕をもって幕を閉じた。
「虎、お疲れ。」
警察の応援が来るのを待ち、到着次第経緯を報告し本宮を引き渡した虎太郎達。
ボーッと本宮が残した『作品』を見ながら、虎太郎はいろいろと考えていた。
そんな虎太郎を、缶コーヒーを差し出しながら、北条が労いの言葉をかける。
「あぁ……。北条さん、なんで人間ってすぐに分かり合えないものなんだろうな……。」
綾の説得の真意を、本宮が察していれば。
ここまでの連続殺人になる前に、本宮が自分の過ちに気付いていれば……。
虎太郎の心のなかは、悔しさで一杯だった。
「……警察の仕事に、完全なハッピーエンドなんて無いのさ。たら、ればが多いから、刑事は犯人を逮捕しても心が晴れない。でも、それで良いんだ。絶対に刑事をしている限り、完全なハッピーエンドなんて無いから、刑事達は事件の早期解決を望むし、早期解決に向けて全力を尽くすんだ。それは何も、可笑しな事じゃぁ無いよ。」
これまで幾度と無く凶悪事件の犯人を逮捕してきた北条。
彼の中で、心から満足のいく解決の仕方など、きっと一度もないのだろう。
「あーあ、事件を未然に知ることが出来るなら、どれほど気持ちが楽だったことか……。」
北条は、苦笑いを浮かべたまま虎太郎の隣に座った。
そして、胸ポケットから煙草を出すと1本口にくわえ……。
虎太郎が素早くライターの火を北条に近づける。
「お、サンキュ。」
ふたりが
北条が虎太郎にコーヒーを差し出し、虎太郎は北条の煙草の火をつける。
「このやり取り……出来るだけやりたくないんだけどな……。」
「あぁ、もっともだよ。事件解決は嬉しいことだけれど、事件が起こるのは嬉しくない。疲れるし危ないし、何より悲しいからね。」
本宮が乗ったパトカーの回転灯をボーッと眺めながら、北条と虎太郎は大きく息を吐いたのだった。
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