1-7
「……ん……。」
司が目を覚ましたのは、薄暗く狭い部屋の中だった。
「迂闊だったわ……。身構えていたつもりだったけど、まさかこんなに早く接触してくるなんてね……。」
両腕は後ろ手に拘束されている。
どこから調達したのか、パイプ椅子に手錠で固定されている。
もちろん両脚も自由に動かせないように固定されている。こちらはロープでだが。
「これは……なかなかにピンチね……。」
心臓の鼓動が早くなる。
おそらく、このままでは自分は殺されるであろう。
予想を冷静に分析し、現実度を算出する。
「32歳・未婚。……ちょっと仕事に集中しすぎたかしら……。」
ふぅっ……と溜息を吐き、背もたれに寄り掛かる。
この仕事に就いた以上、死とは常に隣り合わせ。
そう覚悟をしていたものの、その時がこんなに早くやって来るとは、と司は呆れてしまったのだ。
「確か、北条さんと連絡を取っていたのが夕方。それから気を失ってここに運ばれて……。」
耳を澄ます。
暗闇のお陰で、視界はほとんどない。
故に、視覚を遮断し、そのぶん聴覚に全神経を集中する。
(波の音……海沿いか。そしてこの部屋……音の反響が小さい。この狭さは部屋と言うよりは、倉庫……)
自分の置かれた可能性を、冷静に分析する。
「倉庫……それも手軽なサイズ。貸倉庫……?それなら、北条さんと虎太郎君が探していた……。」
確か、北条は悠真と志乃に貸倉庫業者のリストアップをさせていた。
北条のことだ。ある程度犯人の目星をつけていたからこそ、そこまでこぎつけていたはず。
それならば……。
「きっと、助けは来る。信じて待つ。耐える。」
司は、仲間たちを信じることにした。
「誰を信じたって、待ったって耐えたって、結果は同じですよ。貴女は私の『究極の美』の最後の1ピースになってもらう。それは変わることの無い事実だ。」
ゆっくりと、司が監禁されている部屋の扉が開く。
外の月明かりが中に差し込むと……。
「……っ!?」
司とは反対方向に拘束されている『人のようなもの』がゆっくりとその姿を見せた。
女性……と呼ぶべきだろうか?長く美しい髪、細くしなやかな両腕、すらりと伸びた美しい脚……。
……その全てが、『同一人物のものではなかった』。
「これが、一連の連続殺人事件の目的、と言うわけね……。」
司の足が、小さく震える。
それを抑えるように、声の震えを出来るだけ出さないように司は呟いた。
「あなた……狂ってるわ。『本宮さん』!」
「あぁ……やっぱりバレてました?じゃぁ、話しは早いや。」
倉庫の扉が、勢いよく開かれる。
そう、この倉庫の持ち主は、1番目に発見された被害者、長島の恋人、本宮であった。
「狂ってる……いい響きじゃないか。みんな、僕にそう言って死んでいったよ。」
ニヤニヤと口元を歪ませ、司のすぐ側に迫る本宮。
「みーんな、女たちが悪いんだ。何かと言えば容姿、容姿……。全てを容姿で決めようとするくだらない種族……。そんなに容姿が大切なら、僕が完璧な美を作ってやろうと思ってね。容姿を気にするお前たち、僕の作った究極の美の前では、手も足も出ない下等生物なんだぞって……思い知らせてやりたくてね。」
本宮はそう言うと、司の顎に手をかける。
「最後のパーツが、見つからなかったんだ……。整形と言う邪道に手を染めていない、純粋な美……ついに見つけたよ、刑事さん。」
「……誉め言葉として受け取っておくわ。でも……何でこの人たちを手にかけたの?」
出来るだけ、時間を稼ぎたい。
時間を稼げば、特務課の皆がきっとこの場所を割り出し、助けに来てくれる。
それに、これだけ自分の犯行に浸れる犯人であれば、訊けば大抵のことは話してくれるだろう。
もっとも、『このあと死ぬ運命にある相手』に限りだろうが。
「意志が弱いんだよ、こいつら。みーーんな見た目だけを気にして、顔を作り替えた!だからさ……貰ってあげたんだ。整形なんてしなくても、最高に美しい部分がちゃんとあるじゃないか。その部分で勝負すれば良かったじゃないか……って。本当に、残念に思うよ……。」
本宮が、自身の『作品』にすがりつく。
「この子は、腕がすらりとしていて、白くて綺麗。でも、顔の所為でもう何年も彼氏がいないって……。そんなに見た目に自信がないなら、その美しい部品、くれよって……貰った。この子も同じ。美しい脚線美だろう?この子は腰のくびれがモデルみたいだった。この子は胸の形がとても美しい。この子は……。」
一つ一つのパーツを褒めながら手で触れていく本宮。
(何人……殺したのよ……)
司の心に怒りが沸き上がる。
本宮が説明している部品がそれぞれ被害者の数だとしたら……。
腕、脚、腰、胸、そして顎、耳、手、尻……。
それだけで、8人。
「そして、綾はこの中の誰にも負けない美しい髪の持ち主だった。本当に、綺麗な髪だ……。」
「どうして、綾さんを手にかけたの?恋人だったんでしょう?愛していたんでしょう?」
司の声に、怒りがこもる。
「あぁ……愛してた。本当に良い子だった。家事も出来て、優しくて僕のことをいつも第一に考えてくれる……。これ以上ない良い恋人だったよ。」
「じゃぁどうして!!」
長島殺害の理由を訊いた司。
すると、本宮の表情は次第に怒りに満ちていった。
「……隠してたんだよ、綾は。」
「隠してた……?」
司は、その言葉で全てを察した。
「美しい髪、優しい笑顔。華奢だけど柔らかな肢体。僕にとって彼女は女神だった。一緒にいると癒された。満たされた。でも……。」
カタカタと本宮の両手が震える。
「……あの穏やかで優しい顔が、整形で手に入れたものだったという事を、結婚が決まってから言ったんだ!それまで……ずっと僕のことを騙してたんだ!!」
その表情は、温厚に見えたこれまでのものとはかけ離れた、修羅のような怒りに満ちた表情。
「整形……顔を変えたから、それが許せなかったの?」
司が次第に苛立ち始める。
被害者たちと同じ女性と言う立場。
もしも自分が、本宮と出会っていたら……。
綾と同じように、好意を抱かれていたら……。
「……じゃないわよ。」
「……え?」
「ふざけんじゃないわよ!!女は見た目が全てって言い方、それが気に入らないわ。結婚までこぎつけたんだから、見た目だけじゃなく気持ちで通じ合えたはずでしょう?それなのに……どうして!!」
どうして、殺さなければならなかったのか。
それが、司には理解できなかった。
しかし、次の瞬間……。
(違う……。私は、大きな思い違いをしていたかもしれない……。)
司は、あることに気付いた。
美しい女性が好きなのであれば、何も殺さずとも側に置いておけばいい。
殺して、繋ぎ合わせるほど猟奇的。
それは、憧れや好意からはたして生まれるものだろうか……?
(そうか……!)
司は、即座に自分の考えを改める。
「美女に……恨みがあるのね?」
であれば、選択肢はひとつ。
本宮は、美しい女性に恨みがある。
そして、整形をして美しい容姿を持った女性には、殺意を抱く。
司は、出来るだけ時間を引き延ばすために、本宮に問う。
「僕の家族は、ひとりの女のために壊れた。父が誘惑されて家を出て……母は僕を養うために必死に働き、そして足を踏み入れてはいけない仕事に踏み込んだ。それは……まだ少年だった僕を養うためだ。そして……」
ぎり、と本宮が歯を食いしばる。
その口元から、血が滴った。
「母は。ボロ雑巾のように捨てられ、そして自ら命を絶った。どうしてこうなった?俺は考えた。どれだけ考えても、結論はひとつだった。」
司の背筋に寒気が走る。
「整った容姿に、父は負けた。愛する妻よりも、家族よりも、父は美に負けた。美しさをひけらかし、人の世界にずかずかと踏み込んでくる女……俺はそいつらがいちばん許せなかった!!そう……壊したくなるほどに!!」
本宮の動機が今、明らかになる……。
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