1-6
院長から話を聞いた後、北条と虎太郎は葛西クリニックを後にした。
「なぁ……さっきの院長の話で、被害者の共通点とか分かったのか?」
「まぁね……。」
虎太郎は、カルテに目を通した後の北条の様子が明らかに変わったことを不思議に思っていた。
「皆、顔の美容整形を受けています。カウンセリングでは、顔の所為で辛い苛めや差別に遭ったと皆が口を揃えて言っていた。」
そう、院長が話した。
施術前と施術後では、皆見違えるほどの別人になっていた。
生活も華々しくなった者もいるし、人生で初めて恋人が出来た者もいた。
「新しい人生に希望を持った。その矢先に犯人に目を付けられ、殺された。整形前は酷い苛めや差別を受けていたのに……せっかく希望を持った途端にこれだ。どうして人間っていうのは、見た目で何でも序列を決めたがるんだろうねぇ……。」
北条の苦い表情。
普段はのんびりと穏やかな北条が、ここまで不快感を露わにすることは多くない。
「犯人さぁ……許せないよね。」
「……お、おう……。」
この時の北条の表情に、虎太郎は恐怖すら覚えた。
「それにしても……被害者がみんな整形美人だなんて、俺正直驚いたわ。みんな自然だったからなぁ……。」
「今の整形外科の技術の進歩は著しいからね。きっと僕たちの知るよりももっと複雑で難解な技法も使われているんだろうね。」
「ホントにな……。でも、本宮さんも『知ってた』のかな?」
虎太郎の素朴な疑問に、北条が立ち止まる。
「きっと……『知ってた』んじゃなくて、『知った』んだと思うよ。だから……『残した』んだろうね。」
「……??」
北条の答えが、虎太郎には理解できなかった。
だが、その答えが犯人に直結することなのだろうという事を、虎太郎は確信したのだった。
「次はどこに行くんだ?」
「もうすぐ、悠真からデータが届く……ホント、仕事のタイミングが完璧だね。虎、君も見習いなさい。」
「……うるせーよ。」
次の目的地を虎太郎が北条に訊ねたところで、ちょうど悠真からのメールが届いたらしい。
「次はね……貸倉庫の取扱業者のところに行こう。最近は便利でね、小さなコンテナが手軽な料金で借りられるんだよ。僕も今度借りようかな……。」
「貸倉庫の業者?何で??」
「まぁ……ついてきなよ。」
行動のパターンが全く読めない。
しかし、確実に北条は犯人に近づいている。
虎太郎は、北条の行動を見守ることにした。
「あー、司ちゃんにお願いがあるんだった……。」
「司令に?」
「うん。きっと司ちゃんなら……ね。」
そう言うと、北条は司令室に電話をかける。
「もしもし司ちゃん?……ひとつ、お願いがあるんだ……。」
―――――――――――――――――――――
「……分かりました。でも、私にその大役が務まるかどうか……。」
北条の電話を受け、司令室の司は引き受けることにする。しかし、選ばれる『条件』に心配があるらしい。
「大丈夫だよ、司ちゃんがいちばん適任だと思ったからお願いするんだよ。」
「でも……『絶世の美女』なんて、私には荷が……。」
「まぁ、犯人のお眼鏡にかなわなければ、それでもいいさ。司ちゃんの身の安全が保障されるという事だし。」
「しかし、それでは犯人は逮捕できない……。私で良ければ、それがいちばんありがたいですけど……。」
どうしても、『快諾』というところまではいかないまでも、司は犯人逮捕のため、北条の誘いに乗ることにした。
通話を切った北条に、虎太郎が訊ねる。
「なぁ、司令にお願いって、何を?」
「あぁ……犯人逮捕のために一肌脱いでもらおうと思ってね。……おぉ、司ちゃんが一肌脱ぐとか、何か色気を感じるねぇ……。」
「ふざけるなって。本当にそれで犯人が捕まるのか?」
のらりくらりと答える北条に、虎太郎は釘をさす。
「虎、司ちゃんって美人だと思うよな?」
「え?……あぁ、まぁ……日本人離れした顔の整い方だよな、あの人。」
「そうだろうそうだろう?まるで漫画を実物にしたような美人だよねぇ?」
「それが、犯人とどう繋がるんだよ?」
「『美』こそが、犯人逮捕のために必要な条件なのさ。僕たちのような野郎ふたりじゃ、ここから先にはどうしてもたどり着けない。」
もう、事件解決に向けての道筋が北条には見えているようだった。
虎太郎はこの時、北条に頼もしさを感じた。
「さて、行くよ虎。裏付け作業だ。貸倉庫の業者のところに行くよ。司ちゃんは、これからもう一度被害者宅を聴き込んで回るから。」
「……了解。」
虎太郎は、このまま北条についていくことに決めた。
悔しいが、北条は虎太郎自身と比べて捜査官としての実力が何枚も上だ。
その事を確信した虎太郎に、新しい感情が芽生えた。
(この人の捜査から……盗んでやる。刑事としてのノウハウを。そして……俺も伝説になるんだ!)
捜査一課では年齢のためついていけないから、それで特務課にやってきたのだと思っていた。
しかし、本当はそうではないことを、虎太郎は悟ったのだ。
(この人は……特務課と言う新しい組織に必要だからスカウトされたんだ……。)
「ほらぁ、急ぐよ虎ぁ!」
ずっと先の方で、北条が手招きをしている。
「……しばらく、黙ってついていってみるか。」
虎太郎は、北条の方へと走り出した。
「マジかよ……。」
貸倉庫業者の社長の話を聞いた北条と虎太郎。
北条があらかじめ手配しておいた資料を社長から受け取り、目を通した虎太郎は、信じられないと言った表情で呟いた。
「北条さん……あんたいつからこのことに気付いたんだよ……」
「え?まぁ……さっき?」
「……嘘つけ。」
北条は、資料を見ると「やっぱりね」と呟き、すぐに資料を虎太郎に手渡した。
まるで、資料に何が書いてあるのかが初めから分かっているかのように。
そして、北条の予想通り、虎太郎が驚いた。
「くくっ……虎、僕の予想通りの反応だったね。」
「あんた……どれだけ先のことを読んでやがるんだ……。」
のほほんと話す北条に、虎太郎は鳥肌が立った。
「それで……司令には、何て?」
ここまで分かっているのだ。あとは逮捕するだけ、なのだが……。
「犯人逮捕の一番大切なところを頼んだのさ。まだ、推理の段階だ。何も証拠は挙がってない。だから、司ちゃんにはその『決定的な証拠』を見てきて欲しいって頼んだんだ。でも……。」
北条の表情が険しくなる。
「同時に、司ちゃんにも危険が降りかかるところでもあるんだ。だから……。」
北条が、虎太郎の肩を叩く。
「その時が来たら、虎……君の力を当てにさせてもらう。君の直感、そして身体能力が必要になる時が必ず来る。必ずだ。」
「お……おぅ……。」
虎太郎が驚いた表情を北条に向ける。
自分をひとりの捜査官として認めてくれている、そんな気がして虎太郎は自分の胸が熱くなるのを感じた。
そんな時、北条の携帯が鳴る。
「もしもし、司ちゃん?」
「お疲れ様です。今夜、接触します。」
「おぉ……さすが司ちゃん!場所は?」
「はい、とりあえず都内のレスト……っ!?」
通話中、司が驚いた声を上げる。
その異変に、北条も気づく。
「司……ちゃん?」
「…………。」
ガチャっと大きな音がして、そのまま通話が切れた。
北条の顔から、血の気が引いていく。
「……やられた。」
「……え?」
北条が今まで見せたことの無い、焦った表情を見せたことに、虎太郎がただ事ではないことを悟る。
「おそらく、司ちゃんに犯人が接触したんだろう。早く探さないと、司ちゃんが危ない……!!」
「なんだと……!?」
北条がすぐさま司令室に電話をかける。
「志乃ちゃん、司ちゃんの携帯のGPS調べて、その周辺の防犯カメラをチェックしてくれるかい?きっと……司ちゃんは犯人に拉致された。」
「え……司令が?……了解しました。悠真君と協力して、近くの情報を全力で当たります。」
志乃は、司が拉致されたという情報に驚きはしたが、すぐに冷静な声で北条に返答した。
「さぁ……急ぐぞ虎ぁ!」
「……了解!!」
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