1-5
綺麗に片づけられた、長島宅。
「家事は主に綾がやっていたので、なかなか慣れなくて……。散らかっていてすみません……。」
「いや、俺んちよりも綺麗だわ……。」
「うんうん、綺麗に整えられているね。お邪魔します。」
北条と虎太郎が、北条に案内され部屋の中に入る。
少し大きめのソファに座ると、紅茶とクッキーがふたりの前に出された。
「僕たちの、食後のおやつだったんです。ご飯を食べて、ふたりで紅茶とクッキーを食べながら、テレビを見て他愛もない話をする。それが、僕たちの日常で、楽しく幸せなひとときでした。それなのに……。」
俯いた本宮の顔が、赤くなる。
「どうして、こんなことに……!犯人が許せない。僕から……僕たちから幸せを奪った犯人が……許せない!!」
テーブルを叩く本宮。
その表情は怒りに満ちていた。
「お、おいおい……そんなに熱くなるなって。犯人は俺たちが絶対に見つけてやるからよ!!」
慰めるように、虎太郎が本宮の肩をたたく。
その様子を北条はただ見つめている。
「さて……いくつか訊ねたいことがあるよ。まず……本宮さん、あなたの職業は?」
「僕ですか?僕は綾と同じショップ店員です。それは、もう調べているはずでしょう?」
「そうかぁ……じゃ、趣味の方かな?そのカメラ……一眼レフだよね?ただの趣味で持つにしては本格的過ぎる。」
北条が、テレビの横に置いてあるカメラを指さした。
「……詳しいんですね。」
「ま、いろんな事件に直面して、解決してきているからね。いろんな知識が身につくわけよ。」
実は、北条は初めてこの家に来たときから、このカメラが気になっていた。
「なんの写真、撮るの?」
「え……風景がほとんどです。お見せしましょうか?」
カメラに興味を示した北条に、本宮は奥からアルバムを出すことによって答えた。
「へぇ……そこいらの写真誌よりも綺麗に撮れてる。」
「もともと、写真家になるのが夢だったんです。でも……現実では写真では食べていけなくて。そこで今の仕事を見つけたんです。そこで、僕は気づいた、僕は……美しいものが好きなんだって。だから……綾と出会ったとき、僕はこの出会いは運命だと思ったんです。だって、綾は凄く綺麗だったから……。」
「……なるほど、運命を感じたんだね。ありがとう、参考になったよ。よし、虎、そろそろお暇しようか。」
「え?……まだ来たばっかりじゃねぇか。」
「これ以上、悲しいことを思い出したら可哀想だよ。『早く犯人を逮捕』しに行かなくちゃ……ね。」
まったく状況の飲み込めていない虎太郎を引きずるように部屋を出る北条。
「何のお構いも出来ませんで……。」
「いいや、こちらこそ、ずけずけ上がり込んじゃって、ごめんね。」
申し訳なさそうに頭を下げる本宮に、北条は笑顔で手を振るのであった。
―――――――――――――
「なんだよ北条さん、ここに来たのは本宮に趣味を聞くことだったのか?」
僅か十数分の滞在に、明らかに不満の色を見せる虎太郎。
しかし北条は、まぁまぁ、とニヤニヤしながら虎太郎を見る。
「話を聞いただけじゃないよ。ちゃぁんと確かめるものは確かめたしね。」
「……え?」
北条の自信たっぷりの表情に、虎太郎の頭の中には疑問符ばかり浮かぶ。
そんな時だった。
北条の携帯に着信が入る。
「お……きたきた。」
画面を見ると、悠真からの着信だった。
「もしもーし、もう調べ終わったのかい?」
「僕を誰だと思ってるの?ちゃんと調べてデータにまとめてあるよ。今から北条さんのメールに添付して送るね。」
「仕事が早くて助かるよ。」
「しかし……北条さん、いつから目星をつけていたの?調べていて恐ろしくなってきたよ……。」
「年の功、ってやつさね。じゃぁ早速送ってよ。」
「はーい!今度、蓬莱軒のラーメンね!!」
「はいはい、好きなトッピングを好きなだけ乗せていいよ。」
「やった!!じゃぁ!!」
悠真の明るい声と共に通話が終わる。
それと同時に、北条の携帯にメールが送信された。
「なぁ、何のメールだよ。」
北条の携帯の画面をそっと覗き込もうとする虎太郎。
北条は虎太郎を腕で制し、画面を食い入る様に見る。
「なんだよ、見せろよ!」
北条の口元に笑みが浮かぶ。
「見せるよ。……これから結果としてね。」
北条は、踵を返すと署とは反対方向に歩き出した。
「今度は何処に?」
「あぁ……次は『葛西クリニック』に行こう。」
「え?……クリニック?」
「あぁ。究極の美を求める女たちの集うところさ。」
北条の、何かを確信したような表情が、虎太郎には不気味にも見えた。
―――長島宅から、徒歩20分―――
「タクシーとか使ったほうが良かったんじゃねぇの?」
「ちょっと『上司』がうるさくてねぇ……。」
「確かに、司さん怒りそうだな。捜査は脚を使ってするものだって言いそうだ。ま、俺は気にならねぇけどな。何キロ走ったって。」
「ほんと、若さが羨ましいよ……。」
少し小高い丘の上にある、葛西クリニック。
美しい白が基調の造り。
そして、女性がリラックスできそうな天井の高い空間、雑誌、アロマの香り……。
「おぉ……初めて来たぜ。『整形外科』……。」
虎太郎が、まるで初めて東京に来た地方の若者のように辺りをきょろきょろと見まわしている。
「こらこら恥ずかしいから挙動不審になるのはやめなさい。」
そんな虎太郎に苦笑いを浮かべ、北条は受付へと向かった。
「こんにちはー。」
北条が、受付の女性に声をかける。
「こんにちは。」
「えーとね、この兄ちゃんを、優しい感じのイケメンに施術して欲しいんだけど……。」
「ご予約はされてますか?」
「おいおい待て待て!!そんな用件じゃねぇだろう!」
わざと冗談を言う北条と、何も知らずに応対をする受付嬢。
そんなふたりの会話が思いのほか噛み合ってしまったので、慌てて虎太郎がツッコミを入れる。
下手したら本当に施術されかねない、と。
「なんだい虎、せっかくイケメンになれるチャンスだったのに……。」
「望んでねぇよ!おかげさんで婚約者もいるわ!!」
「あ、あのぅ……本日はどういった……?」
北条と虎太郎の掛け合いに、どう接したらよいのか分からなくなった受付嬢が、申し訳なさそうに北条に訊ねる。
「あ、ごめんね。僕ねぇ、警視庁特務課の北条って言います。さっき署の方からアポがあったと思うんだけど、院長先生に会いたくてね。」
アポはふたりが移動中、司の指示で志乃が既に取っていた。
「あ……はい、お取次ぎいたしますね。」
受付嬢は院長室に内線をかけると……。
「右手のエレベーターで10階へ、降りたらまっすぐ進んでいただくと院長室がありますので、そちらで。」
「了解。ありがとう!」
北条はひらひらと受付嬢に手を振ると、エレベーターへと歩き出す。
「なぁ北条さん、整形外科の院長さんに、何の用があるんだよ。もしかして、長島 綾は整形美人だったとか……?」
「おぉ、なかなかの名推理だ。……それを確かめに行こうと思ってね。その結果次第で、この次の訪問先で犯人が分かるかもしれない……。」
北条が、真剣な表情で廊下の先を見据える。
(おいおい……俺には全く犯人の見当なんてついてねぇぞ……。このオッサン、いったい何者なんだ……?)
これほど容易く犯人にたどり着いた北条に、虎太郎は自分とのレベルの違いを感じた。
院長室前。
北条が扉をノックすると。中から声がした。
「どうぞ、お入りください。」
優し気な声が、院長室の中から聞こえる。
「失礼しますね……おぉ、立派な部屋だぁ。」
派手さはないが、広く整えられた綺麗な部屋。
その中央の椅子に座っているのが、院長である
「警察の方が、当クリニックにどのようなご用件ですか?届けも出しているし、違法な施術はしておりませんが……?」
少し不安そうな表情で、葛西院長が北条に訊ねる。
「いやいや、このクリニックの評判は良く存じ上げておりますよ。僕が今日知りたいのはねぇ……あ、ここ、座っていいですか?」
「あ……どうぞ。」
北条は、院長室の中央の対面で座れるソファーに深々と座った。
「事件解決のためなら、捜査への協力は惜しみませんよ。どんな事件ですか?」
葛西院長は、穏やかな表情で北条と虎太郎に視線を送る。
「連続殺人事件です。最近都内で起こっている……。」
「連続殺人……ですか。その事件と当クリニックにどのような繋がりが?」
北条は、懐から数枚の写真を出すと、テーブルの上に並べていく。
「長島 綾さん、吉野 礼子さん、君島 妙さん……。この事件の被害者です。このクリニックに通ってましたよね?」
「……え?そうなのか?」
北条の言葉に、虎太郎が驚く。
このクリニックに来るという話はしていたが、このクリニックが事件に関係しているとは、自分にも、そして特務課のメンバーにも話していなかった。
「もしかして、悠真に頼んだことって……。」
「あぁ。被害者たちの既往歴、そして、過去と現在の生活の変化について、ね……。」
北条は、被害者たちの共通点をある程度予測していた。
そのうえで、容疑者もある程度浮かんできたのだった。
「このクリニックでは、美容整形をする際に必ずカウンセリングを行うという事ですね?初日では絶対に、どんな小さな整形でも施術はしないと。それが口コミで好評を得ている。僕ね、このシステムは本当に良いと思いますよ。」
「ありがとうございます。思い詰めて来院される方も、感情と勢いに任せて来院される方もいらっしゃいますからね。一度カウンセリングで気持ちを落ち着けていただいて、しっかりした決意があれば施術する。それが当院の方針です。」
「最近では採算重視のクリニックが多い中……頭が下がりますよ。」
北条と院長の話は続く。
虎太郎は、全く話の内容が呑み込めないまま、北条と院長をかわるがわる見ていた。
「それで……彼女たちの何を?プライバシーの問題もありますので、極力必要な情報だけにしていただきたいのですが……。」
「うん。僕もあまり根掘り葉掘り聞くのは好きじゃなくてね。二つだけ訊くよ。まずは、『被害者たちはどこを整形したのか』。そしてもう一つは『カウンセリングで共通のことを言ってはいなかったか』、この二つだけ。」
北条は、少しだけ悲しそうな表情を院長に向ける。
「親からもらった姿……なんて昔は言いましたけどね。僕はここで新しい姿を得て希望をもって世に出ていく人たちがいること、悪いことじゃないと思うんです。そんな希望をへし折った容疑者が、本当に許せないと思うんですよ。」
この北条の言葉が、院長が彼を信頼するに値する男だという事を確信させたのか、院長は机から数人分のカルテを出し、写真の横にそれぞれ置いていった。
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