第1話:美しき犠牲者たち


某日某所。



都内のある河川敷で、女性の遺体が発見された。

司は捜査一課からの連絡を受け、北条と虎太郎に現地捜査を命じた。




「……おはよーー。特務課だよ。ちょっと現場、見せてもらえないかな?」


物々しい雰囲気の中、北条がいつもと変わらない気楽な感じで規制線をまたぐ。



「北条さん!!久しぶりです!」



捜査一課の刑事たちは、他の部署の人間が現場に入ることを疎ましく思うどころか、北条のことを歓迎している雰囲気さえ見せる。



「やぁやぁ若人よ、元気に捜査してるかい?オジサンは腰と膝が痛くてねぇ……。」



冗談を言いながら、ブルーシートで囲まれた遺体発見現場に向かう。



「あ、虎……殺人事件の遺体は初めて?」


「殺人は……あんまり。刺殺事件の遺体を数件、あとは自殺ばっかりだったな……。」


「そっか……ポリ袋かハンドタオル、持ってる?」


「……なんで?」



マスクをして、ゴム手袋をつけながら、北条は虎太郎に言う。



「……『殺人事件』のご遺体は、酷い辱めを受けていることもあるから……覚悟して入ったほうが良い。」



この時の北条の顔は、真剣そのものだった。



「お、おう……。」


虎太郎が、北条に続きマスクと手袋をして気持ちを整える。

北条は、その虎太郎の様子を確認すると、一呼吸置きブルーシートで囲われた、その中へと入った。



「失礼するよ。」


中には数人の刑事がいた。

その中のひとり、中央で他の刑事たちに指示を出している刑事に声をかける。



「北条さん……お疲れ様です。特務課の指示で?」


「あぁ、僕は今や特務課のヒラ社員だからね。」


「何て恐れ多いことを……。一課の伝説が……。」


「そんなこと言ったら、君だってそうだろう?『稲取 重三いなとり じゅうぞう警部。』



北条が肩を叩きながら笑いかける刑事、その人こそ現捜査一課長であり、第一線で捜査を指揮する熱血刑事・稲取警部である。

今の捜査一課のカリスマにして『鬼軍曹』とも呼ばれる彼は、デジタル・アナログ両面をいかんなく駆使して、犯人逮捕のためには時間も労力も惜しまない。


まさに、なるべくして刑事になった男である。



「北条さん……やめてくださいよ。それは教え子いじめという奴です。」


「はは……もう、立場的には君の方が上官だろう?時代は変わっていくものだよ。」



そんな稲取は、北条に捜査のイロハを叩き込まれた叩き上げの刑事なのである。

北条に恩義を感じ、特務課が発足し北条が配属されると知った時、他部署の中で真っ先に協力・支援を約束したのである。



「捜査の状況は?」


「えぇ……遺体を見たばかりなので、いまのところは何とも。犯人の意図も分かりません……。」



遺体の方に目をやり、稲取は小さな溜息を吐いた。


「では、失礼するよ。ほら、虎こっち。」


「お、おぅ……。」



北条は遺体の前で手を合わせ、目を閉じる。

虎太郎も北条に倣い、合掌する。

そして、北条がゆっくりと遺体にかぶせられたシートを捲っていくと……。



「これは……綺麗なホトケさんだ……。」


「なんだ……これ。」



殺害現場に来ているはずの北条と虎太郎。

しかし、被害者の身体には、大きな傷痕はひとつも残されていなかった。

一目見て、被害者が美しい女性であるという事が分かる。

ただ……。



「髪が……ない?」


「うーーん。着ている服から見ると、僧侶……では無さそうなんだけどね。」



今どきの若者が好んできそうな衣服。

スカートにブーツを履いているのを見ると、出家などをしている女性ではないことが一目でわかる。

しかし、被害女性の髪は、綺麗に剃り落とされたかのように、1本も残っていなかった。



「北条さん……どう見ます?」


稲取が、北条に意見を求める。


「これは……犯人が被害者の毛髪をごっそりと奪い去った、そう捉えるのがフツーかな。」


「私も……そう思います。」



北条と稲取は、この被害者の様子を見て、犯人が毛髪だけを持ち去ったと推理。



「しかも……怨恨とか、揉め事の末の犯行ではないね。」


「えぇ……。」



北条と稲取、ふたりだけで話が進んでいく。



「すみません稲さん……どうして怨恨ではないと?殺されているんですよ?」


そんなふたりに割って入るように、ずっと稲取についていた若い刑事が質問をする。



「あぁ……北条さん、紹介します。こいつは香川 裕二かがわ ゆうじ。この春捜一に配属された新人です。まぁ、まだまだ経験不足ですが今後ともよろしくお願いします。」


「あーはいはい、よろしくね。でも稲取くんが連れてきてるってことは、将来有望なんだねぇ。誇っていいぞ、君!!」



稲取に自分のことを紹介されたその人は、かつて捜一の伝説とまで呼ばれた男。

そんな北条に見込みありと言われると、香川は顔を真っ赤にして興奮する。



「あ……あざっす!!頑張ります!!……で、何で怨恨じゃないって?」



香川が被害者の様子を観察しながら、首をひねる。



「だよなぁ……。殺されてるんだから、何かしらの恨みはあるんじゃねぇの?」


その隣で、虎太郎がしゃがみこんで同じように首をひねる。



「まぁ、そんなに若い女性をまじまじと見ないの。失礼だよ。」



北条は苦笑いで虎太郎と香川を遺体から引き離すと、稲取の言葉を待つように視線を送る。

稲取は小さく頷くと、捜査の内容を伝える。



「現場周辺に血液反応が、一切残っていなかった。被害者の爪からも、血液、組織片、布などの異物は確認されなかった……。」



「血液反応もなし、外傷もなし……これ、本当にここで殺されたのか?」


北条と稲取の話を聞きながら、虎太郎が言う。



「お、良いねぇ君。すぐにその疑問が浮かぶというのは捜査官として広い視野がある証拠だ。」


「あ、あざっす……。でもそれって、フツーじゃね?」



稲取に褒められた虎太郎が、少し照れながらも言う。



「うーん、『フツー』であればこの現場をくまなく探して何としても証拠品を探そうとするものだよ。こういった事件は、あらゆる角度から背景を見ていかなくてはいけないものさ。……ほら。」



北条は虎太郎に講釈をしながら、虎太郎と香川を遺体の足側に回り込ませる。



「……なにか、異変に気が付かないかい?」


「異変?……え……?」


「あ……靴、履いてない!それに足の裏もきれいだ!」



今度は香川が遺体の異変に気付く。



「うん、やっぱり優秀だね、君は。そう、もし屋外で殺されたのならば、被害者は靴を履いていたはず。逃げる途中に脱げたのであれば、足の裏に傷なり泥がつくはず。……つまり、この被害者はどこかで殺されここで遺棄されたという事さ。」


北条の説明に、虎太郎と香川が唸る。



「いつ……気付いたんですか?」


「え?……実はさ、ブルーシートの中に入った時から気付いたよ。ほら、あっちから来ると、ちょうどこの角度からご対面だろ?足元まですっぽりシート、かかってなかったからね。」



北条は得意げに言う。


「凄い……さすがだ。そんな話、ここに来たどの刑事もしなかった……。あぁ、稲取さんくらいか……。」


香川が尊敬の眼差しを北条に向け、



(くそ……このオッサン、こと捜査に関しては恐ろしいほど頭が切れるんだよな……。見てろよ、俺も……!)


虎太郎はそんな北条にライバル心を抱くのであった。



「稲取くん、遺留品の類は?」


「それが、スマホから身分証明書まで全て出てこなくて……。おそらく殺害現場にあるか、処分されたか……。」


「だよねぇ。遺棄事件って、そんなもんだ。じゃぁ、とりあえずホトケさん、署にお連れしようか。このまま寒い外に放置しておくなんて……可哀想だ。」



北条は、少しだけ寂しそうな表情を被害者の女性の遺体に向けた。



「署に戻ったら、検視を急ぎましょう。結果は司令室にお届けします。」


「うん……ありがとう。こっちもこっちでいろいろ調べてみるよ。……さぁ、虎行くよ。」


「あ、あぁ……。」



現場で全く手がかりを得られなかったことに、虎は釈然としないまま、北条についていく。

その後ろ姿を、稲取と香川が見送った。

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