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しいちゃんは高校二年時の部誌に恋愛ものの短編を寄せた。その作品のヒロインは奥手であり、他校の彼と同じ制服を着てみたいと懸想する。僕は見たことも無い服を思い愚息を扱いた。ブレザーか、学ランか。ブレザーか、セーラーか。きっときょうちゃんの高校の制服を参考に書いたのだろう。きっとそうだと決めつけながら。
卒業生と先輩、しいちゃんら三人の話は弾んでいた。先輩はそのOGと同じ学校に行くのだと言った。どうにか学校推薦を得られそうなのだと。しいちゃんは「私行きたいとこ広島なんです」と言っていた。ああ、思い出した。だからだ。この時僕も「せめて近いところに行きたい」と願ったのだ。そのOGが「ああ、言うなら、お金の流れを勉強する学部かなぁ」と言っていたから僕も同じく経済学部に決めた。なんて陳腐なのだろう。
この年のことだ。祖母が庭木を整える様を僕は見ていた。祖母は手伝いを嫌い剪定だけは一人でやりたがったから、僕は湯呑みを温めながら時折祖母の様子を伺いに出た。鋏がジョキジョキと振るわれるたびに濃い緑が庭に散らばる。薄く白い化粧を施した地面によく映えた。もう幾日も無く雪は積み上がるだろう。冬が来ようとしていた。
「こっちの冬は本当に堪える。未だに慣れんたい」
祖母はやっぱり暖かいところの人間なのだ。降雪の度に指の付け根は切れ頬が紅潮する。冬の訪れと共に身体はみるみると萎む。
「この寒椿ねぇ、嫁ぐ時にじいさんが持ってきてくれたのよ。久留米に名所があってな。北海道なんか嫁いだらそうそう里帰りもできん、育った土地を思い出せんようなるのが嫌じゃ言うたらな。あの人が寒椿を植えようて」
謂れを聞くのはこれが初めてだった。寒椿は毎年見事な花をつける。年明けころから春先まで長く咲くものだから我が家の庭はご近所でも評判だった。身内の恋の話はむず痒い。にこにこと笑むばかりの祖父にこんな思い切りがあったなどとは思わなかった。椿と寒椿とは別種なのだという。ぽとりと、春に平伏し花がこぼれるのが椿であり、対して寒椿は山茶花と呼ばれ、冬にしがみつき一枚一枚と花弁を散らす。僕は臆病だ。寒椿になどなれない。殻に閉じこもり傷つくまいと震え根詰まりを起こす。咲いたことなどついぞ無い。
「あんたも誰ぞ良い人はおらんのかい」
祖母は焙じ茶を啜りながら口にした。僕は返事の代わり湯を注ぎに立った。
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