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秋、文化祭、壁一面にしいちゃんの作品が貼り出された。僕らは部誌を手に集合写真を撮った。この頃のしいちゃんは髪を明るい金に染め、この大作を書き上げたのが彼女だなんて、たぶんすれ違う者は思うまい。僕は「勉強以外で文字なんか読めんて」などとほざく運動部達の胸に本を押しつけて回った。誰も壁なんかには目もくれない。ならば読め、手に取って読め。これを同じ学校の奴が書いたんだ。僕は何を意固地になっていたのか。
この頃、いや、冬になってだったろうか。がっちゃんちのバンが死んだ。僕はそれを母から聞く。「おばちゃん悲しんでるかもしれないし」と腰を上げる僕に母はお饅頭を持たせてくれた。「あんた犬恐いんかと思ってた」帰路、我が家の寒椿が遠目にあった気もするからやっぱり冬になってからだったのかも。だとすれば僕は雪の中をどのように帰って来たか。除雪車の群れもこの一帯にまでは立ち入らない。呼び鈴を鳴らすと何故かがっちゃんが出て来た。「学校は、野球は」とは聞けなかった。長い時間いた気もするし夕飯までいただいた気さえしてきた。この日のやり取りで覚えていることといえば帰りしなのがっちゃんの言葉だけだ。
「聞いたか。しいちゃんな、こないだきょうちゃん帰って来てた時な、告ったんと」
進級してからは文理選択でクラスが分かれ、相変わらず僕もしいちゃんも同じ道だった。でも僕は進路だなんて決めきらない。今でこそ僕は文化経済学科だなんてところに身を置くが、当時はただ漠然と「大学に行きたい。内地へ行ってみたい」との考えしかなかった。親もよく許してくれたと思う。しいちゃんは「法学部がいいんだよね、私」と語った。自己決定のできる彼女を尊敬する。
定期的に三者面談が開かれる。その度に母はしいちゃんママと共に来る。僕の肩をぐっと押しながら「うちのもしいちゃんくらい賢ければ。しいちゃんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい」と口にする。先生までもが「早く志望大学を決めておかないと成績は伸びない」と。母は「厳しく指導してやってください」とやる。「あんたやりたいことはないの。きょうちゃんみたく打ち込めるものは無いの」日々読書に専心しているじゃないか。しかしてそれは単なる趣味に過ぎないのだと言う。「スゴロクもスキルツリーも大嫌いゲームは道が決められている #tanka」SNSにそう投稿したらちょっとだけバズった。人生もそうなら良いのにとの嫉みと怠惰とは読み違えられ、僕の元へはポジティブな奴らが湧いて出た。もしこれらががっちゃんやきょうちゃんの抱く意思プロセスと同類であるなら、僕にはもう無理だ。僕は僕の領分の中で生きていたいだけなのに。文芸好きには見向きもされなかった。
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