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そこからしばらく時間は飛ぶ。授業を受け、図書室で本を読み、起伏の無い時間ばかりで特段の記憶は何もない。僕もしいちゃんに倣い近代文学に手をつけたくらいか。小田嶽夫やら島尾敏雄やら、僕には思いもよらない愛の形のあることを知った。この頃のしいちゃんは何を読んでいたか。覚えが無い。部員たちの間で耽美的な作品が流行り、よく男子だけで固まり猥談をなしたものだからそればかり思い起こされる。
「知ってるか。精子って栗の花の匂いに似てるんだと」「栗の花なんて知らんのよ」「そりゃ精子の匂いだべ」
中学三年、がっちゃんたちが全道大会まで進出したと聞いた。「すげえなぁ野球部なぁ」「野球部が雪かきしてくれてんべ」「彼女いんのだいたい野球部な」「リア充」「突起物ね」「突起物が屹立ね」きょうちゃんのようにがっちゃんも野球推薦で進学するのだろうか、我ら図書部にも読書量推薦なぞ無いものか。進路調査票に何も書けないままいた当時の僕は担任の先生にそう漏らして叱られている。無難にも公立の普通科校を選択し進学した。がっちゃんは北広島まで出て行った。推薦だったのか一般だったのかはついぞ知らない。朝練の時間が早いから寮に入るのだと。きょうちゃんは内地へ行った。強豪校からお呼びがかかり高校三年時には京都の都大路にて高校記録を打ち立てる。その時には集落みんなでテレビを囲った。イケメン坊主のがっちゃんが「きょうちゃんには敵わんなぁ」と漏らしたのが意外だった。がっちゃんは甲子園へは進めなかった。しいちゃんは僕と同じ高校に進んだ。近所連中でこの学校に来たのは僕ら二人のみだ。違う、別にしいちゃんと同じところにだなんて不純な考えは無い。僕らの校区からはここが多いというだけだ。しいちゃんも僕も文芸部へ入った。これも示し合わせたわけじゃない。運動をする自分だなんて想像がつかない。部室をくぐったらしいちゃんがいて、「あ、」と発したのだ。しいちゃんは髪を染め上げたようで、揺れるたび黒の隙間から桃色が覗いた。僕らは高校でもまた並んで読書をしたわけだ。
中学では何で話しかけられなかったのだろう。朝はバス停で一緒になり帰りもそのまま共にする。「物理ぜんぜん分かんないんだけど」「社会の選択どっちにした? ん、日本史? 同じじゃんね」
中学ではあいつらと猥談にばかり興じていたからか。しいちゃんも自分の股間をまさぐる夜があるのかもしれないなどと勝手に想像しては恥じらっていたからか。しいちゃんの白い指が僕の愚物の鈴口に触れる妄想でもって下着を汚したからか。
そしてしいちゃんまでが賞を獲った。文化祭に向けて文芸部誌を頒布しようと、夏、みんなで居残って書き上げた。僕は稚拙にも思想文学に手を出した。原稿用紙十枚ぽっきりでは論も何もまとまらない。この部誌は今でも手に取っては眺めやるが自身の作品はどうも気恥ずかしく目が泳ぐ。部誌の名前をつけるのにも紛糾した。僕は格好をつけて「文學讀物」だなんて案を推した。誰からも賛同は得られ無かった。結局はフランス語の小洒落た名に落ち着く。しいちゃんは「髪巻き煙草」だなんて名を提出して先輩達からからかわれていた。僕達はそれら小品を高校文芸部のコンクールに出したわけだ。しいちゃんはそこで入選した。
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