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年が明けてすぐ祖父が亡くなった。ずっと臥せっていたから覚悟はしていた。涙を溢す僕らの横で祖母は気丈だった。祖父はいつも穏やかであり精力的に動き回る祖母をにこにこと見守っていた。九州出身の祖母をこんなところまで呼び寄せるほどの大恋愛をしたのだと聞くわりに二人はあまり言葉を交わさない。
お式にはがっちゃんもきょうちゃんもしいちゃんも来た。
「おじいちゃん骨折ってからずっと入院て聞いたで」「パークゴルフうまかったべや」「コース回ってて転けたんだって」
だいたい同じ学校なのにもう別々のコミュニティが出来上がっている。あの頃と違い、ゼロコンマ何秒、言葉が脳を経由して発話する分ぎこちない感じがした。大人たちが慌ただしく駆けているからに違いない。悲しいじゃないか。いつだって一緒にいたというのに。写真の中の祖父は相変わらず好々爺然としてあり、だから口数も少なくなっているのだ。
「みんな来てくれてありがとうね。これで私もせいせいしたわ」
祖母が寄ってきてきょうちゃんの頭をぽんと撫でた。久方ぶりのきょうちゃんはひょろっと背が伸び記憶よりも浅黒くなっているようだった。みんなどう応じて良いものか惑っているようだった。何人かの女子が「おばあちゃん、そんな言い方って」と探るように発した。祖母の手には山茶花が手折られてあった。我が家の寒椿は毎年見事な花をつける。年明けころから春先まで長く咲くものだから、ホームベースに垂れた鼻血の痕のごとくどこからでも目につく。手入れは祖父の仕事だった。祖母はその一輪をお棺に入れた。祖父の顔は精巧な人形のように白く、よく小説で見る「まるで眠っているようだ」なんて描写は嘘っぱちなのだと知った。祖父は僕の部屋にまで聞こえるほどのイビキをかく。事きれた物体となったのだ。
冬休みが明けストーブを囲んでいると図書部の部長が近寄り「ご愁傷様だったね」と言葉をくれた。大人たちのそれと違い嫌に辿々しく発せられたその言葉はむわっとした熱気とともに部屋を巡った。僕はこの時なんと応えたのだっけ。イタミイリマスもオソレイリマスもアリガトウゴザイマスも持ち得ない僕は「いやぁ、おじいちゃん死んじゃって」などとへらへら笑ってみせたはずだ。後になってしいちゃんがこっそりと耳打ちしてきた。
「そんな言い方は駄目」
寄る彼女の髪が耳たぶをくすぐったものだからこの言葉は違わず思い出せる。棘は無い。諭すような言い方だった。真紫の表紙に添えられたしいちゃんの白い指を見つめながら僕はただ頷いた。それからしいちゃんとも喋れなくなった。
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