第2話 蘇生


蘇燦の意識は、果てしない暗闇の中から目覚めた。周囲は静まり返り、まるで世界全体が眠りについているかのようだった。彼は目を開けようと努力したが、まったく動けないことに気づいた。体は何かの力で縛られているようで、指一本すら動かすことができなかった。


ゆっくりと感覚が戻り始めた。空気には吐き気を催すような匂いが漂っていた。腐敗とホルマリンが混じった刺激臭が一気に押し寄せてきた。蘇燦は目眩を感じ、考えを整理しようとしたが、無限の混乱しか感じられなかった。


「私……死んだはずじゃなかったのか?」


記憶の中の最後の場面がよみがえる。あの夜、刃が彼の体に突き刺さった瞬間、痛みと無力感が彼を覆った。その後の記憶は真っ白で、時間がそこで止まったかのようだった。


蘇燦は周囲の環境を見ようと必死にもがいたが、暗闇しか感じられなかった。体は狭い空間に閉じ込められたようで、動くことも呼吸することもできず、ただ思考だけがこの暗闇の中をさまよっていた。


徐々に、この奇妙な状態に慣れていくにつれ、意識も次第にはっきりしてきた。ぼんやりとした視界の中で、彼は自分がいる場所をかろうじて認識した――広く、暗い部屋。空気には腐敗した遺体とホルマリンの刺激臭が漂っていた。薄暗い照明の下、部屋の隅には白い布で覆われた解剖台が静かに並び、棚には形の異なる標本瓶が並んでおり、中にはさまざまな人体の器官が浸されていた。


「ここは……標本室?」蘇燦の意識が反応した。


本能的に視線を落とすと、恐ろしい光景が目に飛び込んできた。彼はもはや意気揚々とした主任医師ではなく、すべての肉を剥ぎ取られた骸骨になっていた。骸骨は釘で固定され、滑稽な姿勢で晒されていた。


蘇燦の心に寒気が走った。「どうしてこんなことに……私死んだはずじゃなかったのか?なぜまだ意識があるんだ?」


彼の思考はこの骸骨に囚われており、抜け出すことも解放されることもできなかった。この骸骨は彼を深い哲学的思索へと引きずり込んだ――生と死の境界はどこにあるのか?意識と肉体の関係は何なのか?生命の意味とは何なのか?


重い思索の中で、蘇燦は自分の記憶が破片のように散々散りになっていることに気づいた。まるで霧が彼の思考を覆っているかのようだった。彼は生前の出来事を思い出そうとしたが、それらの記憶は壊れた鏡のように断片的で、全体像を組み立てることができなかった。ヒポクラテスの誓いを厳かに読み上げた声が今も耳に残っていた。それは彼の一生の信仰と追求であったが、今では遠く、ぼんやりとしたものに感じられた。


私は蘇燦?蘇…?医者なのか?違う、私……だあれ?


その時、いくつかのぼんやりとした、そして見知らぬ記憶の断片が突然彼の意識に流れ込んできた。それらは彼、蘇燦のものではない記憶であり、まるで別の人物が残した意識の破片が彼の脳裏に浮かんだかのようだった。記憶の中に一つの名前が浮かび上がった――「蘇粲」


この名前は彼自身の名前と同じ発音であり、まるで運命が彼らを冥冥のうちに結びつけたかのようだった。蘇燦は蘇粲の過去を思い出そうとしたが、それらの記憶は壊れた絵巻のようで、断片をかろうじて組み合わせることしかできなかった。


蘇粲とは?破片の記憶はどうしてもつながらなかった。ただ、人生の最後の瞬間、蘇粲が何かを追い求めていたことだけは覚えていた。しかし、道半ばで果て、目的は達成できなかった。その記憶の断片は蘇燦の心に深い遺憾と悲哀を残っている。


「まさか私……今、蘇粲の骸骨、解剖用遺体になってしまったのか?」可笑しい、学生時代、クラスメイトたちはいつも自分のような頑張り屋が早晩学校で過労死すると冗談を言っていた。そして、自分はいつも、学校の解剖用遺体になれば、少なくとも仕事はあると冗談を返していた。まさか、その冗談がいま現実になるとは。


今後もここにずっと閉じ込められてしまうのか?この考えに蘇燦は戦慄を覚えた。まるで彼の魂がこの生命を失った遺骸に囚われてしまったかのようで、永遠に解放されないのだろうか。


蘇燦が思考の迷路に迷い込んでいると、突然、微かな音が部屋の静寂を破った。鍵が小さな音を立てて回り、その後、標本室の鉄の扉がゆっくりと開かれた。扉の隙間から一筋の明るい光が部屋に差し込み、暗闇に包まれた空間を照らした。


その突然の光に、蘇燦の意識は鋭く反応した。彼はなんとか注意を集中させ、入ってきた人物を見定めようとした。しかし、光があまりに強烈で、彼はただ人が部屋に入ったことをぼんやりと感じ取るだけで、足音が冷たい床に軽く響くのを聞くしかなかった。


鍵の音は、蘇燦の思考を一瞬にして中断させた。彼の意識は目覚めたように突然明瞭になり、心の奥底に押し込まれていた未完の責任と遺憾が再び心に浮かび上がった。「まだ果たしていない責務がある……ここに取り残されるわけにはいかない……」蘇燦の意識は、いくら今は骸骨に過ぎないとはいえ、自分が医師であるという使命感を取り戻そうと必死に足掻いた。


その時、足音が彼の前で止まり、薄暗い光の中で、白い実験服を着た人影が蘇燦の目に映り込んだ。


その人物は手を伸ばし、テーブルの上にノートを置いた。表紙には、あの見覚えのある誓いの言葉がかすかに読めた。


「私は、自分の能力と判断力を尽くして、患者のために尽力する……」


蘇燦の意識は、その誓いの言葉に共鳴し、誓いを立てたあの時の記憶が蘇った。彼はついに理解した。蘇粲と自分の間には、ただ名前の一致以上のものがあるのだ。それは使命の継承だった。その未完の責任は、骸骨に変わろうとも、彼の中に重くのしかかっていたのだ。


そして、最後の力を振り絞るように、蘇燦の意識は闇に落ちていた。ただ、ヒポクラテスの誓い音が耳元で囁いている。まるで、その未完成の使命を……




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