独善IF√

やみお

男の声が聞こえる

「おーい、こっちこっち!」

待て…待つんだ。僕はお前達みたいな冒険者と違って巫女として山里で生きてきたんだ。体力の差なんて一目同然だろう。これだから余所者は。照りつく様な暑さでフラついていたのと慣れない砂に足が取られて転んでしまう。ぐっ…何とも無様だ。僕の後ろに付いてきていた少年に声を掛けられる。

「大丈夫…じゃないよね。ミディウム君。怪我とかしてない?」

「はぁはぁ…分からない…ハーバリストのお前に全て任せた」

まだ目的地にも到達していないのだがろくに動けずハーバリスト、要は回復役を担う彼に身体を見てもらった。

「うん、大丈夫。手を貸すよ、ゆっくり立って。無理しないでね」

「肩も貸してあげなよ。しかし、予想よりフラフラだねー巫女様。箱庭育ちは脆いですなぁ」

この生意気な賊め。精一杯の体力で盗賊の少年を睨み付ける。

「本当に僕にだけ当たりが強いね。慣れてるからいいけど」

盗賊はひとしきり嘲笑うと満足したのか背を向け、海と呼ばれる終わりが見えない水が広がる場所へ歩いていく。しかし、この海という場所は薄着で来るものらしいが大して格好が変わらないなこの盗人は。元からはしたないという事か。小声で笑ってやったつもりなのだが職業柄、耳がいい様で。

「なぁに?職業差別だけじゃ飽き足りない?言わなくてもいいから。肌面積が少ないからはしたないだの品性が足りないだの思ったんでしょ。趣味は入ってるけどあれは仕事着だし魅せる格好だから。強みを遺憾無く発揮してるの。世間知らずな因習巫女らしい感覚ですこと。おほほほ」

減らず口の盗人風情が…。顔に分かりやすく怒りが出ている僕と薄ら笑いを浮かべる盗賊。その様子を見かねてハーバリストが僕達を叱りつける。

「もう!二人とも口撃ばっかりして。仲良くしようよ」

「こういう仲良しの形ー。知らんけどって奴だけどね。お少年の癖に母親気取りですかー?お父様は魔法剣士のリーダー様ですか?」

そう吐き捨てると盗賊は持ち前の逃げ足で駆けて行った。もうあんなに遠くまで走れるとは…凄まじい。このハーバリストが本気で怒ると怖いのは僕でも分かる。大人しい奴が怒るとなんとやらという事だろう?実際、肩づたいにプルプルと震えているのが分かる。魔法剣士の男に対してどうやら重い感情を抱いているようだがそういうのはよく分からない。

「からかわないでよ!!!!!!もう!!!!!!」

渾身の叫びで僕は転げた。大声を近くで聞かされたのもあるが、声を荒げるハーバリストの姿に驚いた。声に反応した件の男が駆け寄ってくる。

「またマクニールか。やれやれ。何を言われた?オーリュヴェ」

「恥ずかしいから…言いたくないよ…リティアルお兄さん…」

「んー?そうか。ミディウムは転んでたけど怪我がなそうで何より。急かしてるように聞こえちまったかー。悪い悪い。だから、償いにこうさせてくれ」

魔法剣士は僕を抱き抱える。ハーバリストはそれを見て顔を恥ずかしさで真っ赤にしている。なんだ?これが恥ずかしいのか?同性だろう?訳が分からない。

「どうだ?海」

「どこまでも続いているなというのと海水?というのは淡水と大分違うんだな。貰った書物で読んだが百聞は一見にしかずだ。舐めると…塩辛い…」

運ばれてやってきて、浅瀬で下ろされた。ベタつく風の感覚。地面に足が付いているのに柔らかいという不思議な感触。だが、水田とは違い纏わりついてくるものが砂である為重いという感覚はそこまでない。

「もっと感動してくれると思ったんだがな」

「ふん、残念だったな。修練を積んでいる。精神は子供じゃないんだ」

「そうか」

内心は感動で胸がいっぱいだ。なけなしの強がりもバレているだろうが正直、どんな表情をすればいいのか分からないのが現状。情報量が多過ぎて処理出来ずに思考停止に近いんだ。こんなに透き通った青は知らない。真っ白な砂も。僕は山でしか生きてこなかったんだ。あまりあの盗人の言葉は使いたくないが箱庭育ちというのは本当だ。里の外には片手で数えられる程度しか出た事がない。

「堪能してくれ。日焼けには気を付けろ。後は海の生物に触れる時は一言言ってくれ。図鑑で見たからというのは危険だ。キノコだって図鑑の知識で判断すると危険だろ?そういうこった」

「分かった」

リーダーだけあって世話焼きな男だ。しかし、暑い。熱を逃がす為に全身を浸けたくなるが得体の知れない水。浅瀬でも憚られる。

「隙ありっ!ってね!」

大量の塩水が全身に掛かる。防ぐ事など出来ずにびしょ濡れになる。その憎たらしい面を睨んでやりたいが塩水が染みた痛みで目を開けられない。おのれ…盗人め…。

「マクニール。おふざけが過ぎ…おい!俺に水を掛けるな!やめろこのっ!お返しだ!」

痛みに慣れ、目を開いた頃にははしゃいでいる盗賊と魔法剣士がいた。ハーバリストはその様子を心底面白そうに眺めていた。

「これが僕達。君が馴れ合いだって、くだらないって罵った代物。ね、まだ同じ事言う?」

問い掛けるハーバリストは笑顔だが少し怖い。素直に気持ちを伝えるとしよう。彼だけには等身大の姿で接してもいいのかも知れない。包容力があって、優しくて、朗らか。時たまダークな一面も見えるがその全てが彼なのだろうな。

「二度と言わない。素敵だとお…思う」

「うふふ、ありがとう。ミディウム君も僕は仲間だと思ってる。仲良くしよう?」

僕が?仲間?同年代からもやんごとなき存在として扱われていて。悪く言うのならば近寄りがたい。下手な事をいえば村八分にされると恐怖されていた。そんな僕を仲間だと言うのか。目頭が熱くなったがこれは染みた海水のせいだ。そうなんだ。

「泣いてら。それでいいんだよ。ミディ」

「だ、黙れ!!ミディとは僕の事か!?ぼ、僕は山神の里の巫女だぞ!!巫女なんだぞ!!」

「強がっちゃってぇ。きゃわいいー。僕の方が可愛いけど」

「相変わらずだなマクニール。俺とも仲間になってくれよ。ちょいと歳は離れてるが成人済みしてる程度の年齢なら誤差だろ。誤差…だよな?ま、この幼い顔立ちは好きじゃないがまあまあそれで手打ちになるだろ。手打ちにさせてくれという事で改めて宜しくな、ミディウム」

「ミディウム君。宜しくね」

僕は怒涛の言葉に巫女という気高い姿を砕かれて、ただの子供のミディウム・ソシュケールとして泣く事しか出来なかった。気持ちの良い涙を流すのもここまで心が暖かくなる経験も初めてだ。

「ぎゅってしちゃお」

こんなに暑い日に抱き付かれたら暑苦しくて身を振りほどいている筈なのに心地よくて、震える手で抱き返していた。

「あら~ですわね。男同士だけど。美男子が触れ合う尊い姿が見れなくて山神が憤死してそう。ざまぁないね」

「そう言ってくれるなって。山神の『祭りの間にミディウム・ソシュケールに自由になりたいという意思を芽生えさせたら連れていっても構わない。そして、婚姻の儀をこの里から無かった事にする』って言葉。達成してるかはまだ謎なんだぜ?懐柔には成功したが自由を求めてくれてるかは…」

「僕は巫女としての生き方しか知らない」

ひそひそと話している二人の言葉を遮る様に口を開いた。そう、知らない。だからこそだ。

「ミディウム・ソシュケールとして再スタートしたい。僕は子供だ。何だって出来る。可能性の塊だ。そうだろう?」

自信たっぷりに言ったつもりだが声は震えていた。僕の全てと言ってもいい山神様を否定する言葉。許されない言葉。大罪。里の恥かつ過去の巫女様達を侮辱する言葉。胃液がせり上がるのを感じる。

「もっと直球に言ってくれない?」

ニヤつく盗賊…マクニールを鼻で笑う。いいだろう。見え透いた煽りに乗った。

「仲間にして欲しい!!僕は冒険をしたい!!ハーバリスト…オーリュヴェが読み聞かせてくれた絵本の世界を実際に見たい!!自由になりたいんだ!!」

心からの叫び。瞬間、両の二の腕のリングが軽快な音を立てて砕けた。

「わぉ。それ、好きで付けてたんじゃないんだ」

「僕も初めて知った…物心ついた時から付いてたから」

「なんだそりゃ」

「うふっ、あはははっ。でも、これで正真正銘の仲間。揺るぎない自由を手に入れたって事だよ」

「うん、過去の巫女様達。そして、未来の巫女様達が救われたんだよね」

吹っ切れて叫んだもののやはり盲信していたものを失ったという事実。大昔からのしきたりを壊してしまったという現実に震える。本当に救いになったのかは分からないという底無しの恐怖。耐えられなくなってへたりこむ。

「立てよ。俺達がいる。恐怖は分割すれば楽になる」

「そう、僕達がいるよ。これは僕達が始めたものでもある。抱え込まないで」

「僕はお綺麗な事は言わないよ。手は差し伸べるけど」

三人が手を伸ばしてくれる。一人じゃない。

腕は二本しかないからリティアルとオーリュヴェの手を取って立ち上がる。

「そんなこったろうと思いましたー」

ケラケラと笑うマクニールを抱き締める。

「は?何?」

「手を取れなかったから。悪い?」

「あら~ですわぁ。僕は魅惑の美男子だからね。実に素晴らしい絵になるじゃないの。山神が尊みを摂取できなくて爆散しちゃうんじゃなーい」

もう悪態をつく事はない。一周回ってマクニールはよく口が回ると感心する。僕に抱き付かれた時は驚いていたけど、すぐにこの飄々とした態度になれる。強いなと思った。

「俺ともハグするかい?」

リティアルが腕を広げる。オーリュヴェの何とも言えない表情が視界の端に見える。成る程、尊敬する相手が自分一人のものにならないのがもどかしいんだね。でも、好意には甘えるんだ。幼い顔立ちと裏腹な鍛え上げられた肉体に抱き付く。マクニールともオーリュヴェとも違う男性という質感にちょっぴりドキリとする。頼れる男性というのはこういうものなんだと安心する。

「よし、夕方になるまで遊ぼうぜ」

「水分補給忘れちゃ駄目だからね、皆」

「帰れる程度の体力残さないと死ねるよー。だから、木陰でのほほんとさせてもらおうかね」

「協調性あるのかないのか分からないね。あはっ!」

全員で笑いあった。僕は世界で一番幸福な少年。だって、個性豊かで最高な仲間に囲まれているのだから。真上で輝く太陽よりも輝かしい未来が僕を待ってくれているのだから。

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独善IF√ やみお @YAMIO

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