第10話 王妃の日常?
教師と生徒のような関係、という推測は完全に当たったようだ。
ルビアは挨拶もそこそこに3人を別の建物へと連れていった。
訴訟などを取り扱う場所のようだ。
「貴方の父と兄が不甲斐ないから、訴訟案件が増えてきて困っているのよ」
エリーティアにそう言った。父である摂政ツィア・フェレナーデと兄である国王ルーメルがだらしない結果、ホヴァルトの勢力圏が拡大した。それぞれの地域には当然多くの住民が住んでおり、誰が支配者になろうと、住民同士のトラブルは発生する。
ホヴァルトの領内で起きた事件については、まずは現地で調査するようであるが、どうしても解決が図られない場合にはゾストーフで行われるらしい。
(そういう点ではゾストーフが都なのは良いのかも)
行くだけでも大変な場所である。
こんな高い山の上まで来て、最終解決を図るのなら、自分達で解決を図る、となるかもしれない。
逆に、これだけの高地までわざわざ訴訟を持ってくる者が大勢いるということに驚かされる。
「このままだとあと1、2年で更に拡大するかもしれないわね。困ったものだわ」
嫌味とも皮肉とも取れる言葉だが、この点について他意はないようだ。本音なのだろう。
もっとも、言われたエリーティアとしては回答のしようがない。
「……2人に伝えておきますね」
苦笑しながらそう言うのがやっとという様子だ。大胆不敵なエリーティアにしても「取り返して楽にしてあげます」とか「もっと増えるかもしれませんよ」と言ったことは口にできないようだ。
「あ、そういえば……」
ルビアははたと何かを思い出したかのように立ち止まった。くるりと後ろを向いてルヴィナに視線を向ける。
「この前、ノシュールでウチの軍勢が負けたみたいよね。絶妙なタイミングで雪崩が起きたみたいだけど、その時の指揮官がこの子なんだっけ?」
(うっ……)
さすがに言葉に窮した。
何となくなごんでいるが、ここは敵地ということになる。認めてしまえば「災いの種は消しておきましょう」と王妃が言い出しても不思議はない。
どのように答えようかと迷っていたが、その道はあっさりと断たれる。
「はい。そうなんです。ルヴィナ様は隣の大陸では最強と呼ばれた将軍でして」
(えぇぇぇ?)
エリーティアがあっさりと認めた。
「ふうん……。何となく内気そうだけどね?」
ルビアが探るような視線を向けてくる。さすがのルヴィナも背筋が冷たくなった。
ホヴァルトの高地とエリーティアの大胆さに圧倒されて、こうした事態を想定していなかったのは自分の不覚だが、あっさりと認めることはないだろう。泣き言を言いたくなる。
「ま、おかげで余計な案件が増えることはなくなったわ。頑張ってちょうだいね」
しかし、ルビアの言葉はそれだけだった。あっさりと関心をなくしたようで、スタスタと前に歩き出す。
「負けたのに、良いのですか?」
思わずルヴィナの方から質問してしまう。ルビアは振り返り、冷笑を浮かべた。
「勝っても支えるだけの陣容がないからね。政治面では宰相におんぶにだっこだし、訴訟とか諸事は私がやるしかないし。陛下が勝てば勝つほど、無理が生まれてくる側面があるのが事実なのよ。別に負け惜しみじゃなくて、この前の戦いは本当に負けて良かったくらいに思っているわ。陛下が出たわけでもない戦いで勝ったとなると、今後無制御に広がるかもしれないし」
「なるほど……。私も小さいところの領主。大きくなると困る気持ちは理解」
ルヴィナは故郷では小さな街の伯爵という立場である。
領地が大きくなればそれだけ人口も増え、指揮できる軍や陣容も大きくなる。
ただし、管理のための負担やストレスもより増えることになる。
1将軍が率いる軍が大きく領土を広げたとなれば、他の将軍も「自分も、自分も」となるだろう。その結果として野放図に領地が広がることもありうる。
(そうなって、管理できなくなるとホヴァルト自体の評判が下がる)
ルビアは資料室に入った。つくなり役人が何件かの資料を持ってきて、それぞれに目を通している。
その度に「このくらいなら現地で何とかしなさいよ」とか「これは本人がいないと分からないわね」といった独り言をつぶやいている。そういう性格のようだ。
30分ほど眺めると、「じゃ、これとこれ」と二件の資料を渡した。それぞれ決裁するつもりらしい。
「……見る?」
エリーティアに尋ねた。「はい」と頷いてついていく。
これも中々不思議な光景だ。敵国の王族に自国の裁判を見せようとする王妃がいるというのは、ルヴィナにはちょっと想像がつかない。
(エリーティア様はオルセナで嫌われている。こっちで優遇して、取り込んでしまおうということなのだろうか?)
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