第9話 ホヴァルト王妃
5日ほど休憩をとり、ようやくルヴィナは体が動くようになってきた。
「アタマナ、おまえはどうだ?」
「私も、ある程度は……」
最初はちょっと動くと吐き気なども感じていたが、今はそうした不快感はない。もちろん、激しく運動すると変わってくるだろうが、少なくとも逃げたり走ったりくらいはできそうだ。
「それでは、行きましょうか」
エリーティアを先頭に、2人はホヴァルト中心部にある大きな建物へと向かった。
大きな建物と言っても、この街にしては、というレベルである。他の国ではやや金持ちの商人くらいでもこのくらいの屋敷には住めるだろう。
「ここは?」
「ここがホヴァルトの政庁らしいです。王妃や宰相がいて、全体を動かしているところですね」
「……」
ルヴィナは無言のままアタマナを見た。彼女から返ってくる視線は「まあ、このお方ですし」というものだ。
堂々と国境を通過したエリーティアである。
当然、その中心地にも堂々と入ろうというのだろう。
実際、エリーティアは入り口にいる衛兵達ににこやかに話しかける。
「セシリームから来ましたオルセナ王女のエリーティア・ティリアーネ・カナリスです。近くまで来ましたので挨拶に参りました」
「……は、はぁ……」
もちろん、エリーティアの無害そうな外見もあるだろうが、ここまで堂々と来られると、敵意もなくなるらしい。「確認してまいりますのでお待ちください」と奥に入っていった。
しばらくすると、釈然としない顔で戻ってくる。
「現在、国王陛下とティロム殿下はバーリス方面に向かっておりまして、王妃様と宰相閣下がお会いになられます」
「……」
ルヴィナはまたもアタマナの顔を見た。
兵士達が釈然としないのも分かる。「敵国の王女が来ました」となって、「では会いましょう」と返事が戻ってくることなどありえない。
「この大陸の流儀、よく分からない」
「これが一般的ではないと思いますけど……」
ルヴィナの言葉に、アタマナが苦笑する。
ともあれ、3人は政庁の中に入った。
煉瓦を簡単に重ねたような建物である。簡単に崩れてしまいそうに見える。
「時々は火山活動に伴う地震があるので、きっちり作らず、余裕をもたせた作り方にしているみたいですね」
「そういうものなのか」
設計その他のことはよく分からないので、曖昧に答える。
廊下を進み、やや広い部屋に出た。
そこに一人の女がいる。
(地味だ)
ルヴィナの第一印象はそれだった。
ホヴァルトの女性は赤い布のような帽子をかぶり、服も赤を基調としたものに白地の文様が入っている。
この女性もそうしたものを着ているが、ややもすると暗い。もちろん、屋内にいるのでそう見えるだけかもしれないが。
更に言うなら、顔立ちもあまり良いとはいえない。
過去に病気でも患ったのかもしれないが、どこか陰気な雰囲気が漂っている。
「久しぶりね。エリーティア」
その女性がエリーティアを呼び捨てにして質問をしてきた。
ということは、この女性がホヴァルト王妃ルビア・サーレルということだろう。
声も抑揚がないし、暗い雰囲気だ。敵対国の王女を前に不機嫌なのだろうか。
「お久しぶりです。王妃様」
エリーティアは変わるところがない。にこやかに応じている。そんな彼女に対して、ルビアも少しだけ表情を緩める。
「わざわざ訪ねてくれたのに悪いわね。ティロムはジュニスと共にネーベルの方に出かけていて留守にしているのよ」
相変わらず口調は暗いが、内容からすると特別不機嫌というわけではないようだ。単にそういう話し方をしているだけらしい。
ホヴァルト国王の一家についてはここに来る前にエリーティアから大体聞いている。
ホヴァルト国王にして一家の主がジュニス・エレンセシリアである。
そのジュニスと王妃ルビアの間には子供が2人いる。
姉がシェリア、弟がティロムというらしい。
姉のシェリアは4年前に魔力暴走で両足を失っており、そのため、山岳地であるホヴァルトでは住めなくなったようで、平地で住んでいるという。
恐らく、ジュニスとティロムはこのシェリアを訪ねるためにゾストーフを離れているのだろう。
「いえいえ、私達が勝手に尋ねてきただけですから」
「後ろの2人は従者?」
ルビアが目線を向けてくる。
「いえ、私の客人なのですが、一緒に来ました」
「そうなのね」
2人の話からすると、敵対国の王妃と王女の会話のようには聞こえない。
といって、年齢から感じる親子という感じでもない。
何が近いだろうか、ルヴィナは少し考えて思い当たる。
(教師と生徒のような関係……?)
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