第8話 オルセナ王とエリーティア
更に3日かけて、3人はホヴァルトの王都ゾストーフにたどりついた。
「……これだけ山の上なのに頂上ではないんですね……」
ゾストーフは一際高い山の8合目あたりにある。その上には旧市街地があるようだが、そこは礼拝所のようなところになっているらしい。
しかし、現在の高さでも高山病など体調を狂わせるには十分である。
「何もしないでしていると呼吸が苦しい」
「……そうですね」
ルヴィナとアタマナがひっきりなしに呼吸をし、高地に効くという食べ物や飲料を飲んでいる傍らでエリーティアは楽そうに浮いている。
「……何だかずるい気がします」
アタマナがそう言うのも不思議でない。
体質的に何かが違うのか、というくらいにエリーティアは平気そうだ。
そのエリーティアが2人に尋ねる。
「馴れるまではしばらく、休憩をしましょうか?」
「うむ……」
ルヴィナとしては迷うところだ。
本音としては、こんな厳しい環境のところはなるべく早く立ち去りたい。
しかし、今の「ぜぇぜぇ」とひっきりなしに呼吸をしている状態では、とてもではないが隣の大陸の名将とは見てもらえないだろう。そうでなくても「本当か?」と思われるだろうが、今は全力の運動もままならない状況だ。おまけに高地は酸素が薄いから思考能力も低下するという。そうなるといつものように飄々と振る舞うことも難しい。
「この状況では他人の尊敬を受けない。エリーティア様の言う通り、しばらく休憩しよう」
ルヴィナはそう言って、しばらく根拠地とする場所を探すことにした。
幸い、根拠地となる場所はすぐに見つかった。
ゾストーフの温泉地域の宿が見つかったのである。
高山が多いホヴァルトでは火山活動も中々盛んであるようで、温泉が出ている場所も多い。
のんびり休息できるし、色々身体にも良いというから、使わない手はない。
「馴れるまではここにいよう」
そう言って、しばらく停泊することにした。
エリーティアも特に急ぐ身でもないから反対しない。
「ただし、エリーティア様。アタマナと一緒に温泉に入るのはなりません」
「はぁ……?」
首を傾げるエリーティアに対して、アタマナは「そんなやましいことを考えていませんって!」と反論しているが、「やましいこと」と言うあたりからして何かしら考えていた証拠とも言える。
アタマナの件で釘を刺したので、別の質問をすることにした。
以前、オルセナ国王が言っていたことだ。
「エリーティア様、以前、国王陛下と話をしました」
「兄さんとですか?」
「はい。彼は良い国王たらんとしています」
「そうみたいですね。たまに私と話をしていても、オルセナには改善しなければならないところが沢山あると話しています」
「……しかし、気がかりなことが一つ」
ルヴィナはやや思わせぶりに言う。
エリーティアは大きな目を見開いた。「何でしょうか?」という様子からは思い当たることも無いようだ。
「オルセナはかつて王家の権威を大切にしていた。だから、王家同士で婚姻していた。彼もそれを考えている、と言っています」
ますますエリーティアの瞳が大きく見開かれる。
「それは、つまり、兄さんと私が、ということですか?」
「はい。彼はそういうことも見据えていると」
一瞬の静寂の後、エリーティアが大きな声で笑い始めた。
「アハハハハ! そんなことがあるはずないですよ!」
「あるはずない?」
ルヴィナは首を傾げた。
国王の口ぶりは冗談のようには見えなかった。それなのにエリーティアは「そんなことはない」と言い切っている。
何か理由があるのだろうか。
「もちろん、かつてはそんなこともありましたが、最後に近親間で婚姻が成立したのは150年くらい前ですよ。私のお母さまは宿敵だったビアニーの王子と結婚しているわけでして、今更そんな古い慣習を持ち出すはずがないです」
「しかし、国王陛下は……」
「それは私が近臣に批判されることが多いから、私を守ろうとして言っているのだと思います」
「……」
ルーメルとエリーティアは兄妹であるが、立場には雲泥の差がある。群臣は兄を国王として称える一方、妹に対しては「女王を殺した女」と陰口を叩かれている。危害が加えられるかもしれない。
そんな状況に対して、「オルセナの伝統では王女が国王の妻となることもよくある」と口にすることでエリーティアへの批判がエスカレートしていることを防ごうとする。
そう考えられなくもないが、アタマナが小声でささやいた。
「これ、エリーティア様は国王のことを全然相手にしていないって感じもありますね」
「元来はそれが普通……」
一般的には兄妹で夫婦というのはありえない。
しかし、国王の言葉の熱は、単なるカモフラージュのようには考えられなかった。
ルヴィナはそう思ったが、そこまで口出しするのは僭越とも言える。
自分から問いかけた話題ではあるが、これ以上は考えないことにした。
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