第7話 ホヴァルトの地形

 ホヴァルト領内に入ること2日。


 3人の歩く標高は少しずつ高くなってきている。


「警戒が薄いのも納得」


 山道のホヴァルト側の警戒はそれほど強くない。


 しかし、無理もない。高度は1500メートルを超えてきた。ホヴァルトの中心地はこれより更に高い位置へ登る必要がある。となると、並の人間が長期間いると体調に異変を来すことになるだろう。


 仮にオルセナ兵が奇襲をかけたとしても、途中で高山病になるのがオチであり、戦術的行動をとることができない。


 また、多少の活動ができたとしても、ホヴァルトの人間はこの高地でも自由に動けるらしい。


「だから魔族と呼ばれているみたいですね」


 エリーティアの言う通り、山上では戦いにならないだろう。


 もっとも、低地でもこの前の戦いまで連敗続きだったようだが。


「レルーヴ側からだと1000メートルくらいの坂道が続いているようなんですけれどね」


「仮に攻め込むとすれば、その方が良いだろう」


「ビアニーからでも同じみたいです。ただ、メラント湖畔周辺は冬場にはものすごく寒くなるようですので、季節を選ぶ必要があるようですけれど」


 エリーティアの淡々とした説明に対して、アタマナが「この方、めちゃくちゃホヴァルトの地形に詳しいですね」とやや呆れたように声をかけてくる。


「……実は内心、攻め落とす計画なんか持っているのかもしれませんね」


「そうかも……」


 エリーティアはノシュールの戦いでの勝利に対する自分の貢献をなかったことにしてほしいと言っている。将来的に自分が再度戦うかもしれない可能性があるからだ。


 やりたい、やりたくないのかは別として、そういう可能性があることは念頭に置いているのだろう。



 途中の小さな集落で休憩し、ルヴィナは水を飲む。


「エリーティア様、目指す場所はあとどのくらい上?」


 距離に関しては気にしないことにした。もちろん疲労は半端ないのだが、距離に関しては対応ができる。


 しかし、高さに対しては対応できるか分からない。「まだまだ遥かに上です」と言われた場合、距離は近いが順応のために何か月か過ごす必要があるだろう。


「私も色々歩いた。しかし、ここは別格。こんなところで戦わなくて良いだけでも有難い」


「確かに、この更に山の上で戦闘するなんてなると、戦う前に高山病で死んでしまうかもしれませんね」


「そうですね。ちなみに目指す場所はもう1500メートルほど上にあるようです」


 ルヴィナは重い溜息をついた。


「まだそれだけある」


 相手の防衛どうこう以前に着くだけでも一苦労である。


 トータルすると標高3000メートルである。かなり辛いことになりそうだ。


 しかし、エリーティアはもっと物騒なことを口にする。


「旧ゾストーフは4000メートルを超える高さにあったみたいです。ただ、とても狭いことと人が増えたこともあって、もう少し下側を整備して現在の市街地にしたみたいですね」


「……まさに空の上の街」


「そうですね……」


「しかし、ここで生活するのは大変。人口は多いのですか?」


「正確な人口は聞いていませんが、多分7万人くらいじゃないでしょうか?」


「ゾストーフが?」


「いいえ、ホヴァルト全体で、です」


「全体で……? 私の領地より少ない」


 ルヴィナは自分の根拠地で考える。


 ホヴァルトとミベルサとでは違うかもしれないが、軍として徴用できる人数は大体人口の10~15パーセントくらいである。


 となると、ホヴァルトで動員できる兵は1万程度ということになる。


「そうですね。もちろん、ホヴァルトに住んでいる人達の軍が精鋭部隊ということになります。あとは、低地諸国の軍……ネーベル、ステレア、ピレントあたりと、占領地から集めているのだと思います。総勢すると15万くらいは動員できるでしょうけれど、遠征に使えるのは最大5万くらいだと思います」


「5万か……」


 少なくはないが、その数を相手にオルセナが一方的に連敗しているのは問題と言えそうなだ。



 雑談しているうちに20分ほど座っていた。ある程度体力が回復したと思い、隣で深呼吸している従者に尋ねる。


「……アタマナ、平気か?」


「まあ、このくらいの高さなら何とか。更に1000メートル上だとどうなるか分かりませんが」


「それは私も同じ。ただ」


 いつまでもここで休んでいるわけにもいかない。


「分かりました。それでは次の街まで行きましょう」


 エリーティアはニッコリと笑って、先頭切って歩き出す。いや、実際には少し浮いているが。


 アタマナが溜息をついて、また小声で話しかけてきた。


「王女様は魔力で移動しているから疲れないのでしょうけれど、空気の方は大丈夫なのでしょうか?」


「分からない」


 アタマナの言う通り、若干空気が薄くなったようにも感じるが、エリーティアは全く気にする様子もない。そもそも、実はホヴァルトで生活しているのではないか、と思うほど慣れた様子であるし、街の人達とも普通に話をしている。


「自分の国では嫌われ者。本人も周りも言っている。国外の方が気楽に動けるのかもしれない」


「それはそれで悲しい話ですよね」


「うむ……」

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