第5話 最初の目的地
30分後、戻ってきたエリーティアは袋を二つ持っていた。
「それは一体……?」
「牛の乳を搾ってきました。これでチーズを作れば美味しいんですよ」
そう言いながら、食堂の奥にある袋から細かい粒子のようなものを皿に盛りつける。
ルヴィナは食事を作ることがないのでさっぱり分からない。それを見越して、アタマナが様子を見ながら説明する。
「豆をすりつぶしたもののようですね。それに牛乳をかけて、チーズとともに食べるみたいです」
「随分手慣れている」
「まあ、この様子だとご自分で作るしかありませんし」
ほどなく、エリーティアは作った皿を持ってきた。2人もテーブルにつく。
「簡素過ぎてお口に合わないかもしれませんが……」
「大丈夫。船の上に三か月。まずいものを一杯食べた」
「確かに船の食事は酷かったですね……」
仕方がないとはいえ、ここに来るまでの船上の食事は美味しいものではなかった。それと比較すれば大抵のものはマシだろう。
2人とも朝食は食べていたが、かなり歩いて小腹が空いたこともある。口にしてみると。
「……悪くない」
まさにその言葉通りの味だ。悪い味ではない。ただ、美味しいかというと、そこまででもない。
一瞬、国王と摂政は日頃どういうものを食べているのか気になった。
彼女の故郷の皇族は毎食、「それだけ作って意味があるのか?」というくらいに色々な食べ物をちりばめていた。負け続けているとはいえ、国王ではある。それなりのものは食べているだろう。
それと比べると、質素極まりない。
もう一つ気になることがある。
「従者が1人いると聞きました」
「あ、リ・ボーゼンのことですか? 今はいないですよ。軍学校に行っています」
エリーティアがあっさり答えて、思わずアタマナと顔を見合わせる。
「ここにいないのでは従者ではないのでは?」
ルヴィナはアタマナを指さす。
「これなどいらないと言っているのに始終くっついている。こういうのが従者」
「いらなくないですよ! もしもの時があったらどうするのですか!?」
いい加減やり取りを把握したのだろう、エリーティアは楽しそうに笑う。
「私の場合、どうでも良い存在ですから、別に命を狙われるわけでもないですし。たまに会って話はしますけど、軍学校で勉強していた方が本人のためにもなると思いますので」
「なるほど……」
盗賊が襲ってくる可能性はゼロではない。
そう思ったが、エリーティアの場合は敵意をもったものが近づいてくれば察知できるし、どうにかなるのだろう。
「その気になれば雪崩を起こせますし、盗賊を撃退するくらい訳ないのでは?」
「かもしれない」
従者が日常的についていないということは驚きだ。
しかし、逆に言うと摂政の言っていた、旅に誘うことはやりやすそうだ。
「昨日摂政殿と会った。彼は言った。前女王はオルセナにいなかった。それが良かった。王女様も旅をしたら良い、と」
「旅ですか? あぁ、なるほど」
エリーティアも頷く。
「そうですね。ここで本だけ読んでいるより、外に出て色々なことを経験した方が良いかもしれませんね」
「そう。私達もオルセナ以外の国に行く。一緒に行きましょう」
「分かりました。では……」
エリーティアはあっさりと承諾して、目的地まで口にする。
「ゾストーフに行きましょうか」
「ゾストーフ? それはどこでしょう?」
この大陸に来て二か月近くになるが、まだ、どこにどんな街があるということを把握していない。
しかし、次のエリーティアの言葉にはルヴィナもアタマナも絶句する。
「ホヴァルトの王都です」
「……ホヴァルトの」
「王都、ですか?」
「はい。一度行ってみたいと思っていたんですよ」
「……しかし、エリーティア様。そこは敵地……」
雪崩で敵兵の命を奪わず、オルセナに勝利したいと言ったことも含めて、エリーティアは理性的に見えてかなり常識外れのことを言うことは理解している。
しかし、戦争当事国の王女が相手国の王都に行きたいというのはあまりにも常識外れ過ぎる。
エリーティアはオルセナではかなり冷遇されているので、マイナスの感情を抱いているのかもしれないが、さすがにまずいだろう。
アタマナを肘でつついて、反対意見を言わせる。
「エリーティア様、お言葉ですが、いくら何でも敵国に行くのはまずいのではないでしょうか?」
「そうですか?」
「はい。エリーティア様はそうでなくてもあまり良く思われていないという話ですし、敵国に行き来しているとなれば、更なる反感を買うのではないかと」
「うーん、ただ、私の行動なんて誰も気にしていないと思うんですよね……。それに、仮に
「……なるほど」
確かに、ノシュールではオルセナが勝利したが、戦争自体はホヴァルト優位で推移しているという話だ。
ルヴィナもいつまでも手伝うつもりはない。エルクァーテは程なく死ぬかもしれないし、摂政も体調が悪いとなれば、ホヴァルトに勝つことはできない。
そうなった時に、国王がホヴァルトと交渉する窓口があるのか、ないのか。
エリーティアがその窓口として存在するということには、意味があるのかもしれない。
「……分かりました。そうしましょう」
ルヴィナもホヴァルトにも関心がある。
一緒に行くことにした。
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