第4話 エリーティアの住処

 翌朝、ルヴィナはエリーティアが住むという街の東へと向かった。


「エリーティアはセシリームの中心地から東に10キロほど離れたところに住んでいる。大きな街道沿いだからそう道に迷うことはないだろう」


 と言われて進んでいるが、7キロの時点で既にテントばかりの集落を抜けてしまった。


 どうやら、セシリーム市街地の外に住んでいるらしい。


「離宮でもあるんですかね?」


 アタマナの発言は、決して不思議なものではない。


 ミベルサの国王や皇帝は総じて、幾つもの宮殿を持っており、季節や気分に応じて使い分けている。


 色々不評の王女といえども、国王の一族である。どこまで本気か分からないが、国王ルーメルは将来的には王妃にすると言っているくらいだから、あまり粗末な暮らしはさせられないだろう。


「……どう思う?」


 国王のことを考えたついでに、アタマナにルーメルの考えについて尋ねてみた。説明をしていくうちにアタマナも明確に驚く。


「……国王陛下は妹と結婚したいんですか?」


「そうだ。平民的には現実的ではない。しかし、王家や貴族にはよくあること」


「確かにそうですね。ありえないではないですが……」


 アタマナは半信半疑という様子である。


「ただ、国王も14歳ですよね? 兄妹仲が良かったら、大人になったら相手と結婚する! みたいなことを言っていても不思議ではないと思いますよ」


 そのうち、成長していけば現実を知るのではないか。


 アタマナはそう言いたいようだし、更に追撃も加える。


「それに伝統ある国家ですから、国王周囲の貴族も黙っていないはずですし」


「確かに」


 ルヴィナも頷く。もちろん、そうした可能性は考えていたが、そこまでは国王には聞かなかった。聞くこと自体が無理な相談だろう。初対面で「陛下は誰から求婚を受けていますか?」など聞けるはずがない。


「というより、他国の王子や王女のことを考えるより、ご自身のことを考えなくて良いのですか?」


「むっ……」


 確かにルヴィナは18になるが、まだそういう話はない。


 見映えの問題もあるだろうが、それ以上にあまりに強すぎることと、中央政府とあまり関係が良くないので周囲が怖気づいてしまっているのだろう。



「……私は結婚する気もない」


「そんなことを言って~。そうしたら、ヴィルシュハーゼ伯爵家はどうなるんですか?」


「弟に継がせれば良い。父は救いようがないが、生まれた息子に罪はない」


「そんなの、クリス様もスーテル様も認めませんよ。もし男と結婚しないのなら私と……ひげぶ!」


「おまえは一言多い」


 ルヴィナが裏拳をアタマナの頭頂部に直撃させ、手の甲にフッと息を吹きかける。


「……しかし、そろそろ10キロであるはずだが?」


 離宮らしいものは全く見えない。


「……痛たた。あれ、あっちに道が伸びていますよ?」


 アタマナの言う通り、北の方へ小さく道が伸びている。しかし、伸びている先にあるのはうっそうとした森林だ。王女どころか、人が住むような場所に見えない。


 とはいえ、近くにはわざわざ「水上宮殿から10キロ」と記された石柱がある。


 摂政が嘘を言っていない限りはこの森の中に住んでいるということになりそうだ。


「仕方ない」


 ルヴィナは森への道をまっすぐ進むことにした。



 遠くから見た感じでは、野獣がうろついていそうな森に見えたが、中に入ると意外と管理されているようで、太陽の光も届くし道沿いに花まで植えられている。むしろ、市街地の雑然とした環境より優れているようにも見えた。


「エリーティア様は市街地は嫌いなんですかね?」


「……かもしれない」


 どうやら、この道の奥にエリーティアが住んでいることは間違いないようで、まっすぐに進んで行く。


 1キロほど歩いていくと、少し開けた場所へと出た。小さな泉があり、そのそばにこれまた小さな小屋が建てられている。


「……森の奥に住む魔女のよう」


「奇遇ですね。私も同じことを思いました」


「ひとまず入ろう」


 ルヴィナは扉に近づき、ノックをしようとしたが、その寸前で扉の方が開く。


「おっと……」


 思わず一歩下がってしまったが、扉の向こうには誰もいない。


(そういえば、エリーティア様は魔法で遠くにいる者も気づく)


 セシリームに来る途中にエリーティアが言っていたことを思い出した。つまり、自分達も小屋に近づいていた時点で気づかれていたのだろう。あるいは森に入った時点で気づかれていたかもしれない。


「エリーティア様、ルヴィナ・ヴィルシュハーゼです」


 挨拶をすると無人の空間から声がした。


『ごめんなさい。今、近くで食べ物を集めていますので、しばらく休んでいてもらえますか?』


 声だけが聞こえてくる。どういう方法を使っているのかは分からないが、魔法で話しかけているようだ。


「……あの人は何でもありですね」


「確かに、何でもありだ」


 頷きながら中に入る。休んでいてほしいと言われたので、入ってすぐにある食堂のような場所にある椅子に座った。


「離宮って感じでもないですね。部屋は二つだけみたいです」


 今、自分達がいる食堂、あとは奥にある私室だろう。


 この狭い空間で過ごしているようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る