第3話 オルセナ国王との散歩
夕方までブラブラと水上宮殿の周囲を歩く。
全体的に貧困の街、というイメージだ。宮殿の北側の近くには立派な構えの貴族の屋敷もあるが、それ以外はテントのような雑多な住処が多い。
「これでも良くなった方なんだよ」
と、エルクァーテが言うが、そうであると元はどれだけ酷かったのか。想像もつかない。
夕方になり、摂政の部屋に戻ろうとすると、入口に1人の少年が立っていた。
金髪に翠の瞳というのは自分と同じだ。かなりの長身で180近くあるが、年齢は明らかに若い。
「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼ殿ですね?」
まだ完全には声変わりしていない声だ。
「私がオルセナ国王のルーメル・ロークリッド・カナリスです」
「陛下?」
これにはさすがにルヴィナも驚いた。まさか向こうから迎えに来るとは思わなかったからだ。
ただ、エリーティアもかなり腰が低い。父親の摂政も腰が低かったし、オルセナの王族はそういう教育をされているのかもしれない。
「ルヴィナ・ヴィルシュハーゼです。わざわざ迎えにいただき恐縮です」
「そんなことはないですよ。毎日散歩していますし」
「散歩?」
「はい。国王たるもの、自分の街を歩いて回るくらいでないといけない、と思っていますので」
「ほう……」
エリーティアにも感心したが、この兄も心構えとしては立派なようだ。
しかし、しばらく歩いているうちにルヴィナは単純に賞賛をしてもいられなくなる。
「オルセナの内部には色々問題がありますが、今後それらを解決していって、自分が主導していきたいと思っています。もちろん、ホヴァルトとの戦いにも何とかメドをつけなければいけません」
問題を把握しているようで、意気込みも高い。
しかし、どこか危険なような気がした。
それが何であるかは分からないが、しばらく考えて。
(エリーティア様はまず何をしたら良いか考えていた。国王は違う。自分が年齢を重ねれば解決できる、そう考えている。しかも背伸びをしている)
考えが読まれたわけではないだろうが、国王が妹の話題も出した。
「もちろん、そのためにはエアの協力も必要だと考えています」
「エア?」
「あ、すみません。私の妹のエリーティアのことです」
「エリーティア様だから、愛称がエア。なるほど……」
「あいつは私より色々と知っていますからね」
「確かに、エリーティア様は物知り」
「生まれた時に母が死んだことで嫌われていますが、あいつの才能なくしてオルセナの再興はないと思います」
(ふむ、国王もエリーティア様を評価しているのか)
それは良いことだと思ったが、それでも肩身の狭い思いをしていることが気になる。
「ただ、相当に嫌われているそうですが?」
「大丈夫ですよ」
「そうなのですか?」
「確かに門閥貴族にはエアを嫌う者が多いですけれど、王妃になれば何も言えなくなりますよ」
「……王妃?」
ルヴィナの目が丸くなった。
その後、ルーメルから、オルセナには1000年近い歴史があるため、その純血を維持するために近親婚が普通に行われているという説明を受けた。
近年はそうではないらしいが、元来の風習、有能な妹を引き立てることからそうすべきと思っているようだ。
(ふうむ……)
返事に窮した。
ルヴィナの価値観的に兄妹の婚姻というのは歓迎できるものではない。
しかし、伝統ある国にはそういう傾向があるということも分かっている。
(これは私がどうこう言って良い問題ではない。しかし、エリーティア様はどう思っているのか)
12歳という年齢もあるので、エリーティアはそういう話は一切していなかった。
ただ、かなりの博識であったので、ルーメルの言うことが本当ならオルセナ王家がそういうものだということは理解しているだろう。
実際、王妃という立場になれば、文句も言えなくなるかもしれない。
その頃には何年か経過しているわけなので、母である前女王を崇拝する面々も減っているだろうし、引退している者も多いだろう。
(となると、問題はオルセナがそれまでの間、もつかどうかということか)
ルヴィナはさしあたり、国王が庇護するというパターンを考えてみたが、そうなると若干引っ掛かることもある。
(ならば、何故父親たる摂政は、私とエリーティア様に外の世界を見せろと言ったのか?)
外の世界は、恐らくオルセナ王家の世界とは違うだろう。
あるいは、オルセナの敵対国だった自分がオルセナ女王と結婚したことを鑑みて、外を見ることを勧めているのだろうか。
そのうちにセシリームの街の状況について話題が変わった。
ルーメルも国王として色々問題を把握しているようで、そこは頼りになるが、やはり兄妹婚の話がどうしても引っ掛かり、話も曖昧なものになる。
それでも、ルーメルにとっては特に問題なかったらしい。そのまま散歩が終わった。
「本日はありがとうございました」
ルーメルは礼儀正しく頭を下げた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
ルヴィナも頭を下げ、宮殿の入り口で別れた。
帰り際、川を渡る舟の中で思う。
(国王は好人物。それは間違いない。しかし……)
彼の考える構想が良いのかどうか、それは分からない。どちらかというと危険な雰囲気を感じるが、それも根拠のないものだ。
(王家などはどこも複雑。そして大概は醜い)
自分の国もそうである。
オルセナはもっと長いのだから、当然様々な問題があるのだろう。
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