第2話 摂政との対面

 翌日、ルヴィナはエルクァーテとともに水上宮殿へと渡った。


 オルセナ国王の所在する水上宮殿はセシリーム市内を流れるフェマリン川の中州にある。


 川の南側から舟に乗って渡り、身分確認をしたうえで中へと入る。


「摂政殿にお会いする。この2人は先の会戦で活躍した殊勲者だ」


 エルクァーテにそう紹介され、ルヴィナとアタマナも中へと入る。



 国王の政務室の隣にあるのが摂政の部屋。


 であるが、それほど大きな部屋ではない。


「前も言ったと思うが、摂政殿は元来このオルセナの敵対国だったビアニーの王子だった。それゆえに非常に肩身は狭いというわけだ」


「なるほど……」


 エルクァーテがノックをして中に入った。


 ルヴィナも続いて入り、机に座る男を見た。


(これまた不健康……)


 ルヴィナの抱いた印象はそれである。


 摂政ツィア・フェレナーデは40歳らしいが、顔立ちは若い。


 しかし、どうにも痩せている。エルクァーテほどではないが、健康な男性というにはあまりにも細い。


 レルーヴ大公が言っていた「摂政の方がいつ過労死するか分からない」という言葉は満更嘘ではないようだ。


「摂政殿、紹介したい。先月のノシュール近郊での戦いで部隊の指揮をとってくれたルヴィナ・ヴィルシュハーゼ伯爵だ」


「どうも……」


 ルヴィナが頭を下げると、摂政は穏やかに笑う。


「総司令官から話は受けている。オルセナの摂政として礼を言わせてもらう」


「礼は無用。私が勝手にやったこと。それに私が勝たせたわけではない。全てエリーティア様の魔法があってのこと」


「エリーティアが、か……」


 摂政は腕を組んで考えこんでいる。そこまでできるとは思っていなかったのだろうし、今でも半信半疑というようだ。ルヴィナは自分の感想を伝える。


「私の国にエリーティア様のような人はいない。恐らく周辺国にもいない。この国の国王のことは知らない。しかし、彼女は何かを変えられる」


「……娘に対する評価は有難いが、彼女はあまりにも嫌われ過ぎている。私も当然嫌われているし、彼女を役職につけることは不可能だろう。そもそも12歳の娘を要職に、というわけにもいかないし」


 摂政は首を振る。



 確かにその通りではある。


 いくら才能があるとはいえ、12歳の少女を要職に就けることは難しい。


 しかし、エリーティアは本人のあずかり知らぬことで嫌われている。


 早めに挽回する機会を作らないと、いつまでも嫌われることになりかねない。


「それにこの国で無理矢理仕事をするべきでもないのかもしれない。国王と彼女の母……、前女王は子供の頃はオルセナには全くおらず、別の国で成長した。この国は余りにも古く、どうしようもないから、ね」


 摂政の言葉にエルクァーテが反応する。


「つまり、エリーティア殿下もどこか違う場所にいた方が良い、と?」


「そうかもしれない。セシリームにいても、得るものは少ないだろうし」


 そう言って、摂政はルヴィナに向いた。


「どうだろう、将軍殿? エリーティアに一、二年ほど外の世界を見せてもらえないだろうか?」


 予想外の申し出にルヴィナは驚いた。


「……つまり厄介払い?」


 エリーティアを連れて大陸を回るというのは面白そうだ。ただ、彼女の立場を考えると喜んでもいられない。摂政の言い分は邪魔なので、余所者の自分に押し付けようというようにも見えるからだ。


「そう受け取られてもやむを得ないところもある。ただ、先程も言ったようにオルセナにいても得られるものは少ない。他の国を回ったり、色々な人物と会ったりするのも悪くないと思うのだが、邪魔かな?」


「私にとっては邪魔ではない。むしろ楽しそうだ。代わりにこれを置いていく」


「安易に人を置いていかないでくださいよ!」


 これ、と指さされたアタマナがいつものように抗議をする。



 エリーティアを連れてしばらく旅をするということには同意したが、ルヴィナはもう一つ希望があった。


「摂政殿にもう一つ希望がある」


「何だね?」


「できれば国王にも会いたい。少し話をするだけで良い」


 エリーティアの兄という国王は一体どのような人物なのか。


 エルクァーテは兄妹の仲は悪くないと言っていた。となれば、国王が頼りになる存在であれば、将来的に国王が全面的にバックアップすることでエリーティアに出番を与えるということも考えられる。


「ふむ、まあ、別に構わないんじゃないかな。昼間は勉学に励んでいるが、夕方以降は1人のはずだ。しばらく宮殿内で待っていてもらえれば、夕方以降時間を作ることは可能だ」


 摂政は安請け合いしてくれた。


「分かった。しばらく宮殿を回って良いか?」


「構わないよ。案内をつけようか?」


 エルクァーテは重病だし。そういうニュアンスで問いかけてくるが、ルヴィナは断る。


「必要ない。自分で歩く。回りながら考える。この宮殿を落とす方法を」


「あの、ルヴィナ様、そういうことをあけすけに言うのはやめてください」


 アタマナが泣きそうな顔をして主張する一方、摂政とエルクァーテは苦笑するだけだった。

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