第21話 大公子の装備

 その日の夕方、レルーヴ大公の息子ゼシェルは街一番の鍛冶屋として知られる店にいた。


「可動域はこんな感じでどうでしょうか?」


 チェインを編み込んだ鎧を着こみ、その上から鉄板の防具をつけるが。


「かなり重いよ」


 本人からは不評のようだが、ルヴィナは断固跳ね返す。


「鎧は重いもの。前線の近くに行くなら仕方ない」


 戦士としては不可欠なものだと、本人の苦情を跳ね返す。


「鎧を着ないなら話は無し。明日も明後日も来年も騎士物語を読むと良い」


「むぅぅ……」


 ゼシェルは不満そうだが、刃向かえないと見て大人しくなった。



 盗賊討伐ということで、数日前までいたアタンミ城から北、戦場となった地域よりも更に北に住む盗賊を倒しに行くことになった。


 この地域はレルーヴとオルセナの勢力圏であるが、ホヴァルトの勢力圏にも近い。両軍の接触地域ということで盗賊が行き来するにはちょうど良い場所である。


 ましてや、ホヴァルト軍は撤退したし、オルセナ軍も総大将が余命宣告を受けている状況だから長居してじっくり盗賊を倒す余裕がない。それを見計らって出て来たので、痛い目に遭わせてやろうという算段だ。


 現実を知らないゼシェルは実際の戦場が見られると大喜びだが、当然ながら盗賊相手の戦いとなると安全は保証されない。


 11歳で小柄なゼシェルのために鎧を作る必要がある。


 チェインメイルに金属板をとりつけていくと、11歳でもいっぱしの戦士のようには見えてくる。


「馬子にも衣裳。素晴らしい」


「ルヴィナ様、褒めているように聞こえません」


 ルヴィナの感想にアタマナが苦笑する一方。


「ゼシェル君、かっこいいですよ」


 いつの間にか合流したエリーティアは素直に褒めている。


 ゼシェルは明らかに照れた様子だ。


「もちろんです。僕は戦場でもやりますよ!」



「調子もの……」


「まあまあ」


 呆れたようなルヴィナを、アタマナが苦笑しながら宥める。


「11歳の子供ですから、年上の綺麗なお姉さんにはカッコつけたいんですよ」


「……確かに。それに彼はオルセナ女王を知らない。だから一番美人はエリーティア様に見える」


「そうですね」


 エルクァーテら、オルセナ女王とエリーティアを知る者からすると、この母娘はかなり似ているらしい。


 ただ、母親がカリスマ的な人気があるうえに、娘は色々悪名高い。だから母親を知る者には良く見てもらえないが、ゼシェルは年齢的にオルセナ女王を知らないから、純粋にエリーティアが一番だと思うのだろう。


「エリーティア様も防具はあっても良いが……」


「あ、いや、私はあまり重いのは……。いざとなったら魔力で逃げますし」


「うむ……確かに」


 ノシュールでは、エリーティアが一瞬で長距離を移動したように見えた時があった。


 彼女はゼシェルよりは色々と現実を知っていそうだし、無理に防具をつける必要はないだろう。


「でも、ホヴァルトとオルセナの両軍がいなくなれば盗賊が出て来るというのは厄介ですね」


「仕方ない。盗賊はそういう抜け目のないもの。ハイエナのような存在」


 ライオンたる正規軍がいればコソコソとしているが、不在になった途端に大きな顔をする。


 だから厄介であるが。


「私は故郷で何度も討伐した。この手の手合いは得意。私に任せれば大公子は安全。任務も果たせる」



 自信満々なルヴィナに、エリーティアは「すごいですね」と素直に感嘆している。


「自信満々ですね。ルヴィナ様は鎧もいらないのですか?」


 エリーティアがふと疑問を向けた。


「つけない。重い」


「でも、さっきゼシェル君には重くてもつけるよう、言っていませんでしたっけ?」


「彼は前線にいたいという。前線は危険。流れ矢も来る。私は指揮しやすい位置にいる。軍服が映えるし、指揮も冴える」


「そういうものなのですね……」


「そういうもの。彼の鎧は必要……」



 必要なのであるが、、鍛冶屋での鎧作成は予想以上に時間がかかった。


 何といっても、レルーヴ大公の息子であるし、同時にスイール王の息子でもある。


「万一のことがあってはいけない」と鍛冶屋も慎重に危険な部位の防具を作っていて、何度も何度も磨きなおしたり、曲線を治したりしている。


 もっとも議論になったのは頭の部分だ。


「このヘルムは絶対に必要です」


 と、かぶせた兜は、中から外がほとんど見えないような代物だ。


「これなら前線でも大丈夫。ただ、戦うのは無理」


「ですね……」


 馬車にでも乗せてつれていき、その場に置いて戦いを見物させる以上のことはできそうにない。


「これでは全く戦えない!」


 という、ゼシェルの抗議はもっともで、これに関してはルヴィナも。


「これでは大公子は置物。いくら盗賊相手とはいえ、置き物を抱えて戦う気はない」


 鍛冶屋に苦言を呈した。


 これで軽量化を図るのかと思いきや。


「では、目の部分はダイヤモンドでカバーしましょう」


 と、びっくりするような大きなダイヤモンドを用意した。さすがに全員呆れてものが言えない。


「……過保護すぎる」



 結局、透明なカバーを何重にも覆うような形の兜をつけ、全身防備が実現した。


「う、動くのが大変……」


「仕方ない。それで動けるよう体力をつけることが大事」


 ゼシェルの感想を、ルヴィナはあっさりと受け流した。

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