第20話 大公子ゼシェル
レルーヴ大公の息子ゼシェルを呼びに行かせるまでの間、2人はレルーヴ北部の状況を聞かされる。
レルーヴ北部は元々、大公とは別の有力な一家が支配していた領地である。
「紆余曲折あって、レルーヴ全体が私のものになったわけだけど、残念ながら、広い領土にあまねく素晴らしい統治をもたらすってタイプじゃないから、北は北、こっちはこっちという感じでやっていたのよね」
結果として、ホヴァルト軍が北から攻めてくるとほぼ無抵抗に降伏してしまったらしい。もっとも、降伏したからといって脅威になるかというとそういうこともないようだ。
「つまり、大公は自分の根拠地だけ守る」
「まあ、そんなところね。身勝手と言われればそうなんだけど」
「仕方ない。誰だって自分の根拠地は大事」
ところが、そんな大公の方針に不満を抱く者がいる。それが他ならぬ大公の息子ゼシェルだ。
「私がもっと金をばらまいて立派な兵団を作ってホヴァルトを追い払い、オルセナの最大の盟友たる立場を示すべきだ、と考えているわけなのよ」
「何のために?」
「さぁ。一部の騎士物語にはそういうのが諸侯の定めだと書いてあるから、その影響じゃない?」
物語に影響を受けてしまったらしい。
「大公子はまだ11歳。理想や物語に影響を受ける。仕方ない」
「そうだといいんだけどねぇ」
父たるスイール国王も「2つの国を任せるのはかわいそう」と言っていたが、母の評価も芳しくないようだ。
「彼に将器があるのなら、私に手伝えることは手伝う」
「お願いするわね」
そうこう言っているうちに戻ってきたようだ。
ルヴィナは応接室に向かった。
ソファに腰掛けるのは、赤茶色の髪に菫色の瞳をした、いかにも聞かん坊という雰囲気の少年だ。年齢と比較するとちょっと背丈は小さいように見える。
「私はルヴィナ・ヴィルシュハーゼ。隣の大陸の将軍。よろしく」
ゼシェルはチラッと視線を向けて、拗ねたような顔をする。
「よろしく」
「大公から聞いた。大公子は将軍になりたいと」
「余計な事を」
「将になるには知識が必要。兵法などの勉強をしている?」
「兵法? 何ですか、それは?」
ゼシェルの言葉に、ルヴィナは面食らった。兵法を学ばずに将になろうというなど、聞いたことがない。
「では、大公子は何をしている?」
平常運転の話し方をしていると、アタマナがささやきかけてきた。
「ルヴィナ様、何か子供と思って馬鹿にしている感があるので、もう少し話し方に気を付けたほうが」
「そんなつもりはない……」
「でも、そんな感じに聞こえますよ」
「コホン。何をしている、のですか?」
「もちろん、剣と弓の練習ですよ」
ゼシェルは身振りで剣を振るような動作を示す。
ルヴィナは小さく頷いた。
「分かった。良い教師を探してみる……みます」
答えて、大公のところに戻った。
「彼がなりたいのは将軍ではなく戦士。私の教えるところではない。他に強い者を探すのが良い」
「それ以前に大公子が最前線で戦おうってのがまずいんじゃないかと思いますよ」
アタマナがもっともな言葉をいうと、大公が頭を抱えた。
「……あぁ、でも、私の兄もそんな感じだったわ。あれの影響かぁ」
「身内に優れた戦士がいる。一族の男子は影響されやすい。仕方ない」
自分の地元でも、優れた戦士の子はもちろん、甥や従弟も戦士を目指す傾向がある。強い者というのはそれだけ慕われるのだろう。
「それに比べると将は地味。しかも大変。なりたくない」
「でも、大公子が前線で戦士になってしまっていいんでしょうか?」
アタマナが突っ込んでくる。
当然のことながら、前線に出ればそれだけ敵も多いし、死傷の危険性が高くなる。
「ホヴァルトはオルセナのために戦えなんて主張していて、自分が前線に立ちたがるのはどう見てもよくないと思うんですけれど?」
「言っても聞かないのよ。好きにすればいいと思っているわ」
レルーヴ大公が投げやりに言った。
ルヴィナはしばらく考えて、大公に確認する。
「大公子は実際に戦闘に出たことはある?」
「ないわよ。ないから適当なことを言っているのよ」
「なら、小さな戦いに参加させる。盗賊討伐とか。海賊討伐とか。小競り合いとか。戦場に出れば己の甘さが分かる」
「それはまあ」
「私が連れていく。危険は少ない。誰か適当な相手はないか?」
付近で活動している盗賊などがいれば、その討伐に連れていけばよい。
「……探してみるわ」
レルーヴ大公も同意し、国内の陳情などを確認することにした。
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