第19話 オルセナの前女王

 レルーヴ南部。


 アクルクア大陸で最西端にある半島の街がハルメリカである。



 その中央にある領主館で、ルヴィナとアタマナはレルーヴ大公ネミリー・ルーティスと向かい合っていた。


 スイール国王セシエルと同じ年で現在38歳。結婚はしていないが、2人の間にはゼシェルという息子がいて、次の大公候補だという。


 栗色の髪に菫色の目、緑を基調とした服という外見に特筆すべき点はないが、非常に怜悧な雰囲気がある。その彼女が報告書に目を通しているが、表情にはいぶかしむようなものがある。


「……ルヴィナが右翼部隊を指揮し、猛然と攻めこんでいた時に、威勢に屈した山が雪崩を起こして、対面のホヴァルト軍が混乱に陥った。そこにルヴィナが突撃してバッサバッサと敵を倒していき、遂にはホヴァルト軍を撤退に至らしめたのである……フーン……」


 明らかに不審気な視線を向けてくる。


「アタマナは上に阿るタイプ。山が威勢に屈した、は書きすぎ。忖度した文章。ただ、偶々雪崩が起きたのは事実。私はツイテいた」


 ルヴィナにとっては功績がほとんど自分に押し付けられているのは不本意だが、やむを得ない。


 ネミリーは「そんな奇跡みたいな話があるものなのねぇ……」とつぶやきつつも、それ以上追及はしない。


「……というか、監視官にしてくれって言っていたのに、いざ戦場に行ったら参戦したわけ?」


「エルクァーテ将軍は余命半年。放っておけなかった」


「それがびっくりねぇ。半年前に会った時、そんな話は何もなかったのに。むしろ、オルセナ摂政の方がいつ過労死するか分からない状況だったから」


「オルセナ摂政も体調が悪い?」


「詳しい状況は知らないけどね。でも、あの国にいるとそうなっちゃうわよね。今のオルセナで頑張るというのは、750年以上経って腐朽した大木を何とか支え続けるようなものだから」


 何とかしてあげたいけどねぇ、でも私に出来ることもほとんどないしね、とレルーヴ大公は溜息をつく。



 しばらくレルーヴ大公からオルセナという国の文句というか不満を聞かされることになるが、足を踏み入れたこともないし、第三者であるからルヴィナが言えることは少ない。


 代わりに、以前スイール国王から頼まれたことを話す。


「……スイール国王から、息子を鍛えてくれと頼まれた。指揮官になりたい。そう聞いている」


「そうなのよ。戦場に変な夢を見ているのかしらねぇ……。正直、本当に私の息子なのかと思うことがよくあるわ」


「……それは分からない」


「そういえば、今回エディスの娘も来ているんだっけ?」


 オルセナ女王エフィーリアは子供の頃はエディスと名乗っていたらしく、付き合いが深かったらしいスイール王やレルーヴ大公はその名前で呼んでいる。


「来ている。ただ、街を回りたいと言った」


 エリーティアは、「街を回りたいです」と言って、ここにはついてきていない。


 ただ、ネミリーはオルセナ女王エフィーリアと無二の親友関係にあったらしい。親友たる母を死なせてしまったことに対する負い目があるのかもしれない。


「最後に会ったのは5年くらい前だったけど、どう?」


「非常に聡明。レルーヴのことも色々聞いた」


「そうなの!? 聡明?」


「私が見た中で屈指の聡明さ」


「本当? 信じられないわねぇ……」


 レルーヴ大公は腕組みしながら、首を何度も傾げている。


「もちろん、貴方達は知らないと思うけど、エディスは勉強なんてからきしダメで、直感と才能だけで生き延びてきたタイプだからねぇ。父親に似たのかなぁ。何でエディスの娘が勉強好きで、うちのゼシェルはああもダメなのかしら」


 息子に対する不満まで口にしている。


「私に子供はいない。それは分からない」


「あ、そういえば、エリーティアは魔法みたいなことを使っているの?」


 2人に緊張が走った。エリーティアが戦場で何かしたのではないか、と疑っている可能性がある。


 ルヴィナはすぐにすっとぼけた。


「魔法? 魔法は分からない」


 幸い、レルーヴ大公はあまり気に留めなかったようである。


「そうか、そこまでは分からないか。エディスは馬鹿なのに滅茶苦茶な魔力を持っていて、何も考えないけど力づくで押し通っていたのよねぇ」


「前女王にしか出来ないことがあった」


「そうそう。だから、エディスが死んだらオルセナは二進も三進もいかなくなったわけね」


「私は多くの国を見た。偉大と言いつつ、たいしたことのない者も多かった。しかし」


 オルセナの前女王に関しては、会う人物会う人物が「凄かった」と口にしている。

 おそらく特異な能力とキャラクターで国を成り立たせていたのだろう。


(ただ……)


 ルヴィナは思う。


 先程レルーヴ大公は力ずくという言葉を口にした。


 しかし、ノシュールでのエリーティアに力づくという雰囲気はなかった。最初説明した時も事も無げな様子で実験していたし、実際ありえないような雪崩の計算や調整まで行っていた。


 1人で戦場一つをひっくり返したと言ってもいい。しかも涼し気な様子で。


(もしかしたら彼女は、母も超えるのかも……?)

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