第18話 報告の途上

 エルクァーテの土下座圧力を受けて、オルセナに立ち寄ることを約束させられたルヴィナは戦闘の報告のためにハルメリカに戻ることにした。


 監視官として正式に任命されたわけではなかったが、レルーヴ大公が(投げ槍な)紹介状を書いてくれたおかげで今回の戦闘に参加することができたので、そのお礼を兼ねてのところもある。


 オルセナ軍から馬を借りてアタマナと2人、西に向かっていると、正面にこちらに向かって手を振る少女が見えた。


 アタマナが驚く。


「ルヴィナ様? あの人は……」


「うむ……」


 軍で別れたはずのエリーティアだ。


 追いかけてきたのだろうか、その動機も気になるところだが、それ以上の驚きは馬もないのに馬で移動している自分達より前にいたことである。


 ただ、これについては思い当たることがある。


「山に向かう時も。彼女は消えるように向かっていた。何かしら魔力を使っている」


「魔法って便利ですねぇ……」



 話をしているうちに距離が縮まっていく。


「こんにちは、監視官様」


 エリーティアから声をかけてきた。


「こんにちは。どうされましたか?」


「これからハルメリカに向かわれるんですよね? 私もついて行って良いですか?」


「エリーティア様が? どうします?」


 アタマナは当然自分では判断せず、ルヴィナの意思を仰ぐ。


「……構わない。しかし何故?」


 どうせなら、エルクァーテとともに凱旋すれば良いのではないかと思ったが。


「私と一緒に凱旋なんてできませんよ」


「……どうして? 功績第一」


 今回の戦いで相手兵の半分ほどを釘付けにしたのはエリーティアの起こした雪崩である。


 エルクァーテもそれを認めているはずであり、凱旋できないというのは解せない。



「そもそも、お母さまが生きていらっしゃれば、こういうことにはなっていないのですから」


「……」


 12年前、エリーティアを産んだ時に死んだという前オルセナ女王。


 その存在がまた口にされる。


「ホヴァルト王と前オルセナ女王はライバル。生きていてもいずれ戦争したはず」


 恐らくオルセナの中では、「女王が死んだから、今の大変な状況になった。その原因となったエリーティアは疫病神だ」という考えがあるのだろう。


 ただ、エルクァーテはホヴァルト王ジュニスとオルセナ女王エフィーリアはライバルのような関係だったと口にしていた。


 であれば、どの道戦争になっていたのではないか?



「それでも、お母さまがいればこれほど負けてはいなかったでしょうし」


「……それは疑問」


 ルヴィナはこの際はっきり言うことにした。


「オルセナ女王はカリスマ。皆がそういうから私もそう思う。しかし、エルクァーテは言った。この国はガタガタだと。女王が凄かったなら改善した。私は思う。だから女王はカリスマなだけ。他はたいしたことない」


「……あ、あの、ルヴィナ様、それもまた言い過ぎでは? そもそもエリーティア様の母親ですし」


「むっ……」


 ルヴィナはエリーティアが悪くないと言おうとしたいが、母がたいしたことないというのもまたエリーティアにとっては傷つく話かもしれない。


「あっ、気にされないでください。私はあまり気にしていませんので。生まれた時からこういう環境なので慣れています」


「……」


 ルヴィナが言葉に窮していると、アタマナが小声で耳打ちしてくる。


「……12歳なのにここまで周囲に気遣いするのって、相当辛かったんでしょうね……」


「そう思う」



 いずれにしても、エリーティアの存在自体が好ましく思われておらず、凱旋などもってのほかということは理解した。


(そうなると、私がついていても無意味……)


 エリーティアは国を救う存在かもしれないとエルクァーテは言い、しばらく見てほしいと頼まれた。それは引き受けたが、ここまで嫌われていては、もうどうしようもないのではないか。


 この点について、もう少しエルクァーテに突き詰める必要がありそうだが、本人の余命は短い。


 ハルメリカでの報告を早く終えて、すぐにエルクァーテを追いかける必要があるが、ここでエリーティアがまた難題を突き付けてくる。


「そういうわけですので、ハルメリカへの報告でも、私のことは伏せておいてほしいのです」


「……しかし」


 エリーティアの言うことは分かる。凱旋しないなら、功績を大にしても何の旨味もない。変な妬みを買うだけである。


 ルヴィナ自身、祖国では色々バランスを考えて、自分の功績を過少に抑えたこともある。目立ちまくれば良いというものでもない。


 しかし、エリーティアの功績抜きで勝ったとなると、ややこしいことになるのではないか。現実として彼女の戦績が大きすぎるので、虚偽の報告になりかねない。


「謙遜とかそういうものだけではないですよ。先のこともありますし」


「先……?」


「つまり、私が何かやったって知られると、次に私が戦線に立つことになった場合に警戒されるじゃないですか」


「なるほど……」


 確かに、将来的にエリーティアがまた戦場に出て行く可能性はある。


 その際、「前回雪崩を起こしたらしい」という情報を相手が持っている場合、強い警戒を招く。


 知られていなかければ、もう一度何かを出来る余地がある。


 書かないのはエリーティアの将来のためでもある。


 そう言われれば、従うしかない。



「ということだ。アタマナ」


「……は?」


 アタマナが目を白黒させる。


「報告書の作成は任せる。うまく書いてほしい」


 今度は慌てだす。


「ちょ、ちょっとルヴィナ様!? 私に作成させるんですか? 面倒なことを全部私に押し付けようとしていません!?」


「私は口下手。うまく説明できない」


「報告書ですから口下手は関係ないですよね!? 酷すぎません?」


 アタマナの悲鳴のような抗議が響き、そのまま空に溶け込んでいった。

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