第14話 ノシュールの奇跡・1

 一日北上して、戦場に到着した。


 事前に調査をしているが、戦場付近は東部の山岳地帯以外は多少の高低があるくらい、ただ広い平原が広がっている。


 地名のようなものも存在しないが、更に西に行くとノシュール村と呼ばれる集落があるらしい。


 故に戦闘記録に掲載されるのはノシュールの戦い、となるだろう。



 到着したルヴィナとエルクァーテはまず東の山頂の天気を確認しようとするが。


「雲がかかっていますが、山頂までは見えないですね」


 アタマナの言う通り、雲がもうもうとかかっている。


 雲がかかっているということは少なくとも快晴ではないはずだが、雪が降っているかは分からない。


 とはいえ、ここまで来た以上は王女エリーティアの推測を信じるしかない。



 そのエリーティアは防寒具を一枚着込んで、2人のところにやってきた。


「では、私はそろそろ現地に向かいますので」


「分かりました。よろしくお願いします」


 エルクァーテが頭を下げ、ルヴィナも「よろしくお願い」と頭を下げる。


「……でも、その装備で大丈夫なのですか?」


 アタマナの言う通り、防寒具一枚増えただけで特に装備を持っているわけではない。


 山頂に向かうだけで数日かかる。寒さに対しては魔力でどうにかなるのかもしれないが、水も食料もなくて大丈夫なのかという疑問は当然に出て来る。


「それは大丈夫です」


 にこやかに笑って、山の方に視線を向ける。


「消えた!?」


 一瞬もしないうちに姿が消えた。


「不思議な子だ」


「本当ですね。見た目は食べたいくらい可愛いのに……」


「……エルクァーテ将軍、次にアタマナが変なことを言ったら、始末して良い。私の了解は不要」


「何でそうなるんですか!?」


 騒ぎ出すアタマナを無視して、ルヴィナは預かった部隊に戻る。



 出発日の脅しが効いたのか、部隊は真面目に演習をしている。


 ルヴィナが近づいてくると、一斉に練習を止めた。


 もう少し舐められるのではないかと思っていたが、エルクァーテが直々に「彼女の命令は私のものと同じだと思うように」と言ったことも効いているのだろう。


 そんな彼らに、ルヴィナは今後のことを説明する。


「私は本国では一々説明しない。彼らは一糸乱れず私の言うことを聞く。しかし、おまえ達と私の間にそこまでの信頼関係はない。だからこれからのことを説明する」


「ははっ!」


「戦いとなるのは七日後。まずは東の山から始まる。パターンは幾つかある」


 ルヴィナは黒板を置いて、そこに殴り書きするようにバターンを書いていく。



 1. 東の山頂で雪崩が発生し、ホヴァルト軍の手前で止まる

 2. 雪崩が発生し、ホヴァルト軍ごと飲み込む

 3. 雪崩は起きるが戦場まで来ない。あるいは特に何も起きない



 エリーティアが1を目指していることはもちろん理解しているが、狙ってそれができるかどうか分からない。雪崩が大規模すぎる可能性もあるし、あるいは失敗する可能性もある。


「私は王女を信用する。しかし、必ず彼女が理想的な結果をもたらすとまでは思わない。そうでない時の準備と覚悟も必要。まず、大規模だった場合、私達は身の安全を最優先。こう動く」


 うまくいかない事態から順繰りに対応を説明していく。


「もう一度だけ説明する。三度目はない。面倒なら聞かなくても良い。おまえが死ぬだけだ」


 そう言って、再度手順を説明した。


「……この通りに動く。そうすればどうなっても最悪の事態は回避。あとは武運にかかる。オルセナの神は知らない。おまえ達が一番大切なものも知らない。それに祈るのが良い」


 説明を終えて、再度エルクァーテのところに戻ろうとした際、北側にもうもうと砂煙があがるのが見えた。


 およそ15分もすると、青がかった軍服をまとった一団が北に現れた。


 その数ははっきり見えるだけで1万弱。煙で見えない部分にもいるとなれば、3万近くはいるだろう。ほぼ互角の人数だ。



「ほ、ホヴァルト軍だ……」


 兵士達からおびえるような声が漏れる。


 ルヴィナは無言だが、戦闘に入るうえでのもう一つの障壁に気づいた。


(ホヴァルトは大陸最強という噂。オルセナ軍は連敗中。兵士達の中に恐怖心がある)


 いざ生死を分ける舞台となると、心理状態は如実に明らかになる。


 作戦がきちんと頭に入っていても、恐怖で体が動かない可能性がある。


(この兵を動かすのは、私も不慣れ)


 連戦連勝だったルヴィナには、恐怖心に満ちた部下は1人もいなかった。全員が「勝てる」と信じていた。今回、そうした連中は自分の側にはいない。相手の側がそうだろう。


(うまくいかない場合、できることは最悪の事態の回避のみ。首尾よく進められるかは王女次第……)


 エリーティアが雪崩を成功させるしかなさそうだ。

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