第12話 過去と現在

 戦場予定地の調査が終わり、ルヴィナはエルクァーテの部屋を目指す。


「ルヴィナ様、将軍を説得することができるんですか?」


 アタマナが不安そうに聞いてくる。「私は口下手。だから説得してくれ」と言われることを警戒しているのは明白だ。


「……誠意をもって話す。理解してもらう」


「おぉ、期待しています」



 2人はそのままエルクァーテの部屋まで来てノックした。許可をもらったので中に入る。


 余命が短いというエルクァーテであるが、部屋の中ではかなり自由なようだ。乳製品をつまみながらワインのようなものを飲んでいた。


「将軍、失礼する。体調はどうか?」


「悪くはないよ。どうせあと数日の命なのだから、最後の楽しみを満喫している途中だ」


「……それならば非常に申し訳ない」


「どういうことだ?」


「昨日、王女と戦場を調査した。話も聞いた。その結果、私は判断した」


 ルヴィナは大きく息を吐いた。


「将軍の考えより、王女の考えの方が見込ある、と」



 エルクァーテは一瞬真顔になり、次いで小さな笑みを浮かべた。


「……どういうことか、説明してもらえるんだろうね?」


「もちろん説明する。将軍は自分を囮にする。それで敵に大きな被害を与えると言った。しかし、あの広い戦場でそれは難しい」


「……」


「もちろん方法はある。偽撃誘因……いわゆる釣り野伏でも仕掛ける」


 先鋒部隊が前に出て行き、しばらく戦って退却と見せかけて後退する。相手が追いかけてきたところを隠れていた別の部隊が左右から攻撃し、包囲して殲滅する作戦だ。


 しかし、見晴らしの良い戦場では別の部隊が隠れることができない。その別の部隊に敵指揮官がいる場合、相手は別の部隊ごと全滅させようと二重の包囲を敷くだろう。


「その包囲を更に包囲、三重に包囲する。中で包囲された者は敵も味方も全滅。これが将軍の作戦」


 これならば敵に相当な打撃を与えられるが、エルクァーテはもちろん、最初の包囲に参加した味方兵もほぼ全滅することになり、味方の被害も非常に大きくなる。


「……王女はどうするつもりなんだ?」


 エルクァーテはルヴィナの推測には何も言わず、エリーティアの計画を聞いた。


「この後しばらく、東の山頂の天気が荒れる。雪が積もったところで、雪崩を起こすという」


「雪崩!? そんなことが……!?」


 驚いたエルクァーテだが、一瞬置いて頷いた。


「……まあ、あのお方の娘なら、そのくらいの魔力があっても不思議はないか」


「……先代の女王も凄かった?」


「あぁ……。山を一つくらい吹き飛ばすようなことをなされる方だった。どんな経緯があろうと血を受け継いでいる娘なら、同じことができたとしても不思議はない」


 そう言って、深い溜息をついて目を閉じ、思索に入る。


 現実的に可能かどうか、考えているようだ。



 1分ほど考え、口を開いた。


「……つまり、私がまどろっこしい捨て身の包囲戦をするより、雪崩で敵軍を飲み込む方が早いというわけだな?」


「そう。雪崩の方が効果的。ただし敵は飲み込まない」


「どういうことだ?」


「雪崩で敵を驚かす。その間に攻撃する。勝つ。王女は敵でもなるべく殺したくない」


 エルクァーテがムッとした顔になった。


「甘すぎる。そんなやり方で勝てるはずが」


 ルヴィナがエルクァーテの言葉の上にかぶせるように言う。


「勝てるはずがない。私も思った。しかし、こうも思った。それは私の常識。王女はもっと大きな存在かもしれない。私は戦には詳しい。人よりは勝てると思っている。しかし詳しくないことも沢山ある。しかも口下手」


「この場合口下手は関係ないと思いますけど」


 アタマナからツッコミが飛んでくるが、無視して話を続ける。


「……結論として、私は一度彼女を信じる。将軍、貴方は間もなく過去となる」


「……」


「将軍は過去。私は現在。そして王女は未来。過去や現在がそうだから、未来がそうとは限らない」


 エルクァーテは口を真一文字に結んだまま、しばらく黙っていた。


「……君の意見は分かった。ただ、君は監視官という名目だが?」


「もちろんそう。ただ、言う以上責任はとる。アタマナを将軍に変装させる。指揮は私がとる」


 突然、変装させると言われたアタマナは当然「えぇっ? そんなことできるはずが」と驚いているが、ルヴィナはいつものように無視して話を続ける。


「将軍は言った。この国には人がいないと。なら、新しい者を試すべき。試そうともせず、人がいないと言うのは単なる人間不信」


「……ルヴィナ様、誠意をもって話すとか言われていませんでした?」


「私は誠意をこめて話している。ただし口下手、仕方ない」


「口下手を傍若無人な物言いの言い訳にするのは間違いだと思うのですけれど……」


 主従がやりとりをしている間、エルクァーテは険しい顔をしている。


 しばらくして大きく息を吐き、吹っ切れたように顔をあげた。


「……昔、女王陛下は盗賊同然だった私を、いきなりオルセナ軍司令官に任命された。そこからすると、異大陸で有名な将軍に任せるくらいは何ともないのだろうな……」


「……大陸は違うが戦闘は大体同じ。悪いようにはしない」


 エルクァーテは「フッ」と笑みを浮かべる。


「君はともかく、その娘に私の代わりは務まらないだろう。部隊の一つは任せるが、全軍指揮は私がとるよ……」


 ルヴィナも笑みを浮かべた。


「それが理想的。悪いようにはしない。約束する」

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