第11話 戦場調査・2

「4日後から、山の上の天気が荒れると思うんです」


「天気が荒れる?」


「はい。山頂付近ではかなり雪が降ると思います。多分4日間くらい」


「その間にホヴァルト軍が到着するはず」


 エルクァーテが言うには、ホヴァルト軍がアタンミ城の北に向かってくるのは4日後だろうという話をしていた。エリーティアが言うにはちょうど山の上の天気が荒れるらしいが、山の上ならば戦場付近は問題がない。


「将軍は早期に決めたい」


 エルクァーテは何と言っても余命宣告を受けている。いつ体調が悪化するか分からないという不安があるだろう。


 だからなるべく早期に動きたいはずだ。おそらく相手が到着するのに合わせて戦闘を挑もうとするだろう。


「そうなんですけど、4日待って雪が積もれば……」


「雪が積もれば?」


「その雪をこちら側に落として……」


「何と?」、「えぇっ?」


 ルヴィナとアタマナ、2人ともほぼ同時に声をあげた。


「……雪崩を人為的に起こす?」


 ルヴィナの問いかけにエリーティアは小さく頷いた。



「……にわかには信じがたい。しかし」


 ここから更に雪を積もらせたうえで雪崩を相手陣に落とせるとなると、全く話が変わってくる。


 敵軍の左翼はもちろん、真ん中の部隊にも大きな被害が与えられるだろう。


 そこにオルセナ側が攻撃をしたら、敵軍を一撃で全滅させられるかもしれない。


(いや。もしかしたら。こちらの大陸は別。魔法のようなことを皆がやる?)


 とはいえ、そこは初めてのところだ。安易に乗ると間違ってしまうかもしれない。


 ルヴィナの経験上、人為的に雪崩を起こすなんていうことは考えられない。しかし、その常識がどこでもあてはまるとは限らない。


「この国では、誰もが雪崩を起こせるのか?」


「えっ、い、いえ……どうでしょうか?」


 普通に起こせるとしたら由々しきことだが、エリーティアの戸惑い具合からすると、そういうことでもないようだ。


「……どうやって起こす?」


 次に、当然とも言うべき、発生方法について尋ねてみる。


 考えられる方法は、山の上に登って起こすことであるが、これは下手をすると自分がまきこまれることになりかねない。


「それは、こうやってです」


 エリーティアは小さな掌を開いた。その上に小さな黒い点のようなものができる。


「……?」


 その黒い点を中心にキラキラするものが渦を巻き始めた。


 更にしばらくすると、渦が広がり、光が増していく。バチバチと何かが衝突するような音がして、ややあって。


「うわっ!?」


 黒い点からボウッという音がして、強風が吹いてきた。


「これは一体?」


「うーん、何と言ったらいいんでしょうか。魔力の力で違う次元への点を開いたという感じでしょうか?」


「違う次元への点?」


 何だかさっぱり分からないのでアタマナを見たが、「私に分かるはずがないじゃないですか」と彼女も半ばキレ気味な様子だ。


「例えば箱の中に水を貯めて、そこに穴を開けると水が出て行きます。その際に渦を巻きますよね? それと同じで違う次元への穴を開けると、付近の物質ごと吸い込もうとするのですが、一度に全部飲み込めないので集められた物質が摩擦を起こして更にエネルギーが発生します。それらが大きな衝突を起こすと更に大きなエネルギーを発生して」


「雪崩を起こす」


「はい」


 エリーティアはにっこりと頷いた。


 一方、ルヴィナは渋い顔で口を”へ”の字にした。


 何を言っているのか、分かったような、分からないような感覚だ。


 ただ、別の形で分かったことがある。


「アタマナ、この王女様は侮れない」


「そうですね。私達の知らない知識を持っています」



 皆が出来るのか出来ないのかは分からないが、エリーティアが雪崩を起こすのは満更嘘ではないことが分かった。


 しかも、これから数日間雪が降って、山頂の雪が更に積もるらしい。


「それなら敵軍をまとめて飲み込める。将軍の策より効果的」


「あっ、い、いえ、相手をまとめて飲み込むつもりはないです」


「……?」


「驚かせて、その間に攻撃して、勝ちに持っていくって、できないですかね……?」


 段々声が小さくなっていく。自分の発言が不興を買うかもしれないと思ったのだろう。


 不機嫌とまではならないが、さすがにありえない、とは思った。


「エリーティア様は甘い。敵を……」


 と言った時、そういえば彼女が敵軍のことを「敵」とも言っていないことにも気づく。「相手」という呼び方をしている。


「……戦闘は殺し合い。王女様のような考え方では生きていけない」


「そうですね……」


「ただし、雪崩の発想は良いと思う」


 完全に落ち込んだエリーティアを見て、少しだけ罪悪感を抱き、宥めるように言う。


「ありがとうございます。ですが嫌われ者の私の考えを、エルクァーテ将軍が聞いてくれるかは……」


「それは確かに問題。しかし」


 ルヴィナは自分の左手で自分の頭を軽く小突いた。


 大きく息を吐いて言う。


「……エリーティア様。私は監視官。軍権はない。エルクァーテ将軍とのかかわりもない。しかし」


 小突いた頭で輝くような髪をかいた。


「なるべく、エリーティア様の希望に沿うよう、掛け合ってみる」

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