第10話 戦場調査・1

「……状況は理解した」


 と、同時に重病で余命いくばくもないエルクァーテが自分を囮に死ぬしかないと判断したことも間違いではないと思えてきた。


「私が同じことをするかは分からない。しかし、彼女の考えは悪くない。忠実な武人としては」


「それは分かっていますけれど……」


 うつむいたエリーティアに対して、ルヴィナは返事に困る。


「……分かった。明日、戦場を調査しよう。そうすれば分かる」


 間違っていると言っても、本人は納得しないかもしれない。


 どうせ暇な立場である。この少女に時間を使っても構わないだろう。



 夕食を食べた後、部屋でくつろいでいると、ノックの音がした。


「アタマナ?」


「私だよ。入って良いかい?」


 声はエルクァーテのものであった。


「構わない」


 答えると、すぐに部屋に入ってきた。


「殿下は?」


「今は1人。明日、戦場の調査に行く。供を連れるなら構わない」


 いわくつきのようだが、王女である。他所の大陸から来た者と王女が2人でというのは警戒されるだろう。そう思ったが。


「いや、構わないよ」


「……司令官も殿下が嫌い?」


 王女の出生の際に、女王が死んだらしいことは分かった。女王の忠実な家臣は、その女王の娘とはいえ王女に対して良からぬ思いを抱いているのだろうか?


「嫌いというわけではないんだけどね……」


 エルクァーテは複雑な顔をした。


「私が仕えると決めたのは、女王陛下ただ1人だ。私が死ぬのはあのお方のためであり、摂政殿や陛下のためではない、という気持ちではいる」


「摂政殿というのは、王配のこと?」


 エリーティアが「ホヴァルト王ジュニスと対抗できるのは父」と言っていたことを思い出す。王の配偶者で国王の摂政なら、彼が主導権を握れば良いのではないか。


「そうだ。ただ、君が思うような事態にはならないんだよ」


「……身分的な問題?」


「身分というよりは、所属の問題だね。ホヴァルト王ジュニスもそうだが、女王陛下も非常に我の強い方で周囲の反対には耳を傾けずに、長年敵対国だった王家の者と結婚した」


「なるほど。女王が言うから認めるしかなかった。しかし、女王が死んだ。だから王配は無視」


「そういうことだ。摂政は所詮ビアニーの王だろう、とね」


「それは負ける者の発想」


「そういう国なんだよ」


「それなら女王は生前に備えるべきだった。私に言わせると女王も無責任」


 尊敬されていたのかもしれないが、自分の周囲の軋轢を感じていなかったとなれば、その女王にも問題がある。若かったのだろうが、不測の事態に備えて、何かしら準備することはできたはずだ。


 容赦ないルヴィナの言葉に、エルクァーテは苦笑する。


「……言ってくれるね。まあ、とにかく明日はよろしく頼むよ」


「分かった。王女に納得させる」




 次の日、ルヴィナとアタマナはエリーティアとともにアタンミ城から北へと向かった。


「地図からすれば、ホヴァルト軍は北から来る。このあたりにあるのは主として高原であり、東側には山が連なっているが……積雪がある」


 地図にはないが、アタンミ城から一日行軍したあたり、戦場となるだろう地点に行くと、東側に岩肌が露わになった山がある。冬の時期ということもあり、山頂にはかなりの雪が積もっている。


 それ以外は荒涼とした高原だ。


「……」


 ルヴィナは渋い顔で周囲を眺める。アタマナがけげんな顔で問いかけてきた。


「どうされました?」


「戦場が広い。指揮官を囮にするのは大変。作戦が立てづらい」


 森があるとか、茂みがあるとか、地形が複雑であれば、指揮官がはぐれて孤立してしまったと装うことができる。


 しかし、これだけただ広い場所で指揮官が孤立していたら、相手は誰でも罠を疑うだろう。


「ということは、司令官の考えは実現しないということですか?」


「この大陸のやり方は分からない。しかし、私がホヴァルト軍指揮官なら仕掛けない。司令官は相手が強いと言った。強い側なら、余計なことはしない。そのまま押し切る。変なことは警戒する」


 そもそも、最初にルヴィナが考えたように、弱い側が城に立てこもらず出て来ることに違和感があるだろう。違和感がある中で、相手の軽率な動きに乗ることはない。


「……それでも方法は思いつく。ただ、犠牲が多くなる」



 話をしている間、エリーティアはもっぱら山の方を見ていた。


 しばらくして、尋ねてくる。


「ルヴィナ様は軍の指揮経験が豊富なんですよね?」


「年齢にしては豊富。ただ、こう見えて10代。限界はある」


「相手は左、中央、右と三つの部隊に分けて進軍するのが定番だと思うのですけれど」


「正しい。定番。恐らくそうする」


「ホヴァルトから見た左翼、つまり東の部隊は山の側を通ってくると思うのですが、中央の部隊はどのルートを取ると思いますか?」


「……むむ?」


 また随分具体的なことを聞いてくるものだと思った。


 しかし、聞かれて答えないわけにもいかないので、周囲を見渡し考える。


「部隊の間隔を空けすぎるのはまずい。付け込まれる。しかし、落石や雪崩が怖い。おそらく、400メートルほど空ける」


 部隊の間を相手に突破されたら不測の事態を招くことになる。


 しかし、東側の部隊は山に近いだけに、多少の余裕は見ておきたい。


 反応して塞げる程度に開いておくだろうと考えた。


「……なるほど、400メートルくらい。で、中央部隊の幅が……」


 エリーティアは小声でつぶやきながら色々と考えている。


 随分と戦場知識に詳しい12歳だ、ルヴィナはそう思った。

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