第9話 両国の状況

 ルヴィナは一つ部屋を用意してもらい、エリーティアと入った。


「あ、ありがとうございます」


 エリーティアは頭を下げてくるが、何を感謝されているのか分からない。


「私は何もしていない」


「いえ、私だけだと、多分入れてもらえなかったと思いますので」


「……ふむ」


 確かに、エリーティアは絨毯の中に入っていた。


 普通に馬車の中にいても城に入れてもらえないと思ったから、そうしたのだろう。


「……私は余所者。事情が分からない」


 そもそも、この戦争の状況や原因も分からない。


 この城の指揮官であるエルクァーテが余命半年の重病で、本人が戦死覚悟の作戦を決めていることは理解したし、それだけ戦況が不利と認識されていることも分かった。ただし、分かるのはそれだけで、両国が何を目的に戦っているのか、戦力差がどの程度あるのかは全く分からない。


「それほど相手は強いのか?」


 色々謎な存在ではあるが、エルクァーテが重病という情報から、防寒具などを持ってきてこっそり忍び込もうとしていたエリーティアは中々胆力も知力もあるように思えた。まだ幼さも見えるが、この王女に状況を聞くのが賢いと判断した。


「強いと思います。ホヴァルト王ジュニス・エレンセシリアはこの大陸では最強の存在と言われていますし、王妃ルビア・サーレルは最高の謀略家です。魔族とも呼ばれるホヴァルトの幹部はそれぞれ相当な実力者だと聞いています」


「なるほど……では戦争の発端は何?」


 ルヴィナの問いかけに、エリーティアは少し迷いつつ答える。


「……少し話が長くなりますが、よろしいでしょうか?」


「構わない」


「この大陸では20年ほど前にも大きな戦争があり、その時はジュニス王とオルセナ女王エフィーリアが協力して勝利しました。その結果、大陸北部と中部がオルセナとホヴァルトの主導で分割されました。2人は盟友でもあり、ライバルの関係でした」


「つまり、王女の母と敵国の王がライバル。王女の母は?」


「12年前に亡くなりました。私のせいで……」


 エリーティアはそう言って、目を伏せた。


「王女のせい?」


 首を傾げるルヴィナに、アタマナが小声で話しかけてくる。


「……多分、出産の時に事故か何かがあったんですよ」


「あぁ、なるほど」


 確かにエリーティアは12歳くらいに見えるから、12年前に死んだことと合致する。


 多分にマイペースで無神経と称されるルヴィナも、さすがにこれは深入りしない方が良いと判断した。



 先の方に話を促し、エリーティアも話を続ける。


「ジュニス王はいずれ母と雌雄を決するつもりだったのだと思います」


「ホヴァルト王は男、オルセナ女王は女、なら雌雄は決している」


「……」


 一瞬の沈黙。


「ルヴィナ様、そういう無意味なツッコミで場を白けさせるのはやめてください」


「すまない」


 これはその通りだと反省し、もう一度エリーティアに話を促す。


「その目標がなくなったのですが、オルセナは国の規模としてはホヴァルトより大きいですし、父をはじめそれなりには人材がいました。だから、母の没後10年にオルセナと戦うことを決めたようです」


「……つまり、ホヴァルト王が戦争したいから始まった。領土や何かが欲しいわけでもない?」


「領地的な要求は何も出していません」


「……たまげた。常識外。世の中は広い」


「とんでもない人がいるものですね」


 ルヴィナの驚きに、アタマナも同意する。


 戦争は政治の延長上にある、というような考えを根底から覆すとんでもない存在だ。



「ただ、始まってみるとオルセナは予想以上にダメだったようです。結局、母のカリスマで成り立っていた部分があり、まともに戦える存在は父とエルクァーテ将軍くらいです。ジュニス王は1年もすると飽きてしまって、以降は他の人が指揮していますが……」


「それでも勝てない?」


「はい。地図にすると、こうなりました」


 と、エリーティアは地図をすらすらと書いていく。


 中々の記憶力とデザイン感覚をもっているようだ。



地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093084652481099



「なるほど、大変。しかし、ホヴァルト王にやる気がないなら停戦しては?」


 エリーティアは首を横に振った。


「いえ、ホヴァルトも他の人達が戦果を求め始めています。何より、オルセナがバラバラになりましてそれどころではなくなりました。元々、戦争の勝利でくっついた国々ですから、負けるとバラバラになっていきます。勝てないと判断している人達と敗北を認められない人達とが内紛を起こして、停戦なんてできる状況ではなくなったのです」


「なるほど……」


「私のせいで……こんなことに」


 エリーティアはそう言って、再度うつむいた。微かに目のあたりが光ったように見える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る