第8話 王女の補給物資

 王都セシリームから来た馬車を前に、ルヴィナとアタマナは逡巡した。


 どうして良いのか分からないので、とりあえずアタマナにエルクァーテを呼びに行かせた。


「……私は今回の戦いの監視官。補給物資を聞いて良いか?」


 その間、ルヴィナはうやむやのうちに認めさせた立場を堂々とアピールして、物資の中身を確認しようとする。


 補給部隊を持ってきた者達は特に疑うこともない。


「ははっ。寒冷地用の毛布や毛皮、絨毯などを持ってまいりました」


「寒冷地用の……毛布や毛皮」



 ルヴィナは首を傾げた。


 エルクァーテ・パレントールは形勢不利にもかかわらず出撃すると言った。寒い冬の時期に、である。


 ルヴィナはそれを不可解なことと思っていたが、近いとは思えない王都から寒冷地用の物資が運ばれてきたという。つまり、王都もエルクァーテの出撃案を了解しているらしい。


(私の考えすぎ……。あるいは、これがこの大陸の流儀)


 自身の価値観と、相手の価値観が一致するとは限らない。計算や成算だけで戦わない何らかの理由があるのかもしれない。ルヴィナはそう納得しかけたが、やってきたエルクァーテの言葉に混乱する。


「王女殿下が、補給物資を? 一体、何故?」


 心底から驚いている顔だ。補給物資そのものを想定していない。ということは、エルクァーテと王女の間に意思疎通は何もない。2人とも正しくない作戦で戦おうとしていることになる。



 エルクァーテが部下を呼んで、物資を検分した。


 確かに毛布や毛皮などが大量に積んである。奥の方には絨毯も丸められていた。


「これで防寒具は十分。将軍の方針通り」


 ルヴィナはそう声をかけたが、エルクァーテは「一体何故?」と呟くだけだ。


 とはいえ、実際に重宝する物資であるから、部下達が城塞の中に運んでいく。


「私もこの絨毯を運びますよ」


 アタマナが中に入り、丸められている絨毯を手にして、持ち上げようとしたが動かない。


「あれ、この絨毯、重いですね?」


 と、更に持ち上げようとするが、全く動かない。


 ルヴィナは冷たい視線を向ける。


「アタマナは運動不足……。体力不足。無理しなくていい」


「あ、ルヴィナ様、今、私のことを馬鹿にしましたね!? 今まではちょっと加減していましたが、私が本気を出せばこんな絨毯くらい……ぬぬぬぬ! どりゃぁぁっ!」


 雄叫びとともに絨毯を持ち上げた途端。


「きゃあっ!?」


 絨毯の中から高い悲鳴が聞こえた。アタマナが放り投げるようにした絨毯の口が開き、中から何かが飛び出て来る。


「女の子?」


 黒い髪に青白いローブのような服を着た少女が放り出された。そのまま地面まで放り投げられそうになるが、すんでで両手をついてクルッと転がる。


 その姿を見て、エルクァーテが「……エリーティア様!?」と叫んだ。



「び、びっくりしました……」


 エリーティアと呼ばれた少女は年齢にすると11か12歳くらい。真っ黒い斜めに切られた髪と透き通るような青い瞳が特徴的な美少女だ。


「アタマナ、何故人を放り投げる? 人の有無くらい分かれ」


 ルヴィナの冷たい視線に、アタマナが抗議する。


「き、気づかなかったんですよ!」


 一方、エルクァーテは渋い顔をエリーティアに向けている。きつい声をあげた。


「エリーティア様、一体、何をしに来たのです?」


「それは、つまり、補給物資がいるんじゃないかと思いまして……」


 エリーティアは自信なさげに、小さな声で答える。


「補給物資は必要。何故、怒る?」


 ルヴィナがエルクァーテの態度に疑問を抱いてたしなめる。エルクァーテは「怒ってなどいない」と答えるが、依然険しい視線をエリーティアに向けた。


「……物資はありがたく受け取ります。エリーティア様はセシリームにお戻りください」


「……」


 エリーティアは弱気そうな表情だが、帰ろうという素振りはない。エルクァーテが更に文句を言おうとしているが、それより先にルヴィナは聞くことにした。


「……何故、補給物資が必要だと?」


「……病気が」


「病気? 声が小さい。聞こえない。私は耳がいい。しかし、はっきり言ってほしい」


 はっきり言うように促すと、エリーティアは大きく息を吸って声を出した。


「び、病気で余命半年という話なので、外に出るのではないかと!」



「……余命半年?」


 ルヴィナは無意識にエルクァーテの顔を見た。仰天した顔で、たじろいでいる。


 それを見て、ルヴィナの頭にひらめくものがあった。


「合点がいった。司令官は余命半年。籠城しても程なく死ぬ。それでは無駄死に。だから討って出る。自分を囮に、少しでも相手に打撃を与える。戦死する代わりに、少しでも道連れにする」


 エルクァーテが苦笑した。


「……隣の大陸一番かどうかは別にして、君が名将という話には間違いないらしいね。この情報だけでそこまで意図を読まれるとは」


「私は大したことはない。たいしたことあるのはエリーティア様。しかし、エリーティア様は何者? 王女様?」


「は、はい……」


「エルクァーテ将軍の作戦に補給物資は必要。非常に良いアイディア。しかし、王女様が来る必要はない」


「……重病の将軍が戦うのは良くないと思いまして」


「なるほど、止めに来た」


「はい」


 エリーティアはそう言って自信なさげにうつむく。



 ルヴィナは諭すように言う。


「死なせたくない。その気持ちは分かる。しかし、彼女は武人。武人は信ずる者のために死ぬ者。死すべき場所を決めて、死ぬのは実は幸せ。そうしたものが何もなく、ただ放浪している不幸なのがこの私」


「そうかもしれませんが……」


 何か言いたそうであるが、言いづらい、そんな顔だ。


 ルヴィナは溜息をついた。


「私が聞く。司令官は怖くておっかない。私の方が味方になれる」


「おっかない司令官で悪かったね。でも、頼むよ」


 エルクァーテは苦笑しつつ、物資の搬入を指示して、城塞へと戻っていった。

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