第7話 押しかけ観戦
5日後。
ルヴィナとアタマナの2人は、戦場になると噂されているアタンミ城の応接室にいた。
正面にいるのは、40代半ばの灰色の髪をした女性だ。長身ですらっとしている。
女性はアタンミ城の司令官でエルクァーテ・パレントールと名乗った。
ここまでは想像を遥かに超える楽な道のりであった。「戦闘を見物したい」などという要望を受け入れさせるには相当な難航が予想されたが、いざ実践してみるとスイスイとここまで来た。
ハルメリカでは「こちらでは判断がつかないから、形ばかりの紹介状を書くので現場で聞いてほしい」と言われた。ひょっとすると、大公はたらい回しにすることでルヴィナ達が諦めると思ったのかもしれないが、ルヴィナはそれを手にしてアタンミ城までやってきた。
そこでダメ元でレルーヴ大公の紹介状を提出して、観戦したいと言うと、しばらくして司令官が会いに来てくれた。
ここまでうまくいくとは思わなかったが、理由は人材難にあるようだ。
「私達の国オルセナは、頼れる指揮官の数が少なすぎるんでね」
だから、他の大陸最大の名将の触れ込みで来ているルヴィナに恩を売っておいて、心変わりを期待するということのようだ。
「頼れる者は少ない。私の国も同じ」
「門閥貴族が要職を占めているのだが、自分達のやりたいことばかりやっていて、全然責務を果たしてくれない」
「門閥が偉いのも同じ。役に立たないことも」
「逆に言うと、こっちだと協力しても良いんじゃないですか?」
アタマナが小声でささやきかけてくる。
「……何故?」
「すぐに喧嘩していられなくなりますから」
「……」
自分の国も半分追い出されたようなものである。同じような国なら、やはり居づらくなるだろう、と言いたいらしい。
ただ、小声で話しているが、エルクァーテには聞こえていたらしい。
「……貴殿の国は分からないが、この国はこれ以上負けると存在自体危うくなる。喧嘩までいるなんてこともないかもしれないね」
「そこまで危ない?」
エルクァーテの表情には絶望とか焦燥といったものはない。淡々と話しているので「次に負けたら国がなくなるかも」と言う言葉は意外であった。
「あぁ、外から見るとそうでないかもしれないけど、この国は相当危ないんだよ。しかも相手も強いし」
「それは大変。となると、籠城?」
「いや、出撃して勝ちに行くよ」
司令官であるエルクァーテの言葉に、ルヴィナは目を大きく見開いた。
「相手はどのくらい強い?」
「敵国の国王はこの大陸で最強といってよい存在だ。今回の指揮官はそこまでではないが、それでも我がオルセナで太刀打ちできるのは私以外に2人くらいだろうね」
「……武運を祈る。私はしばらく観察する。明らかに気になったことがあれば聞きに来るかもしれない」
ルヴィナの言葉にエルクァーテも頷いた。
「そうだね。何か気になることがあれば教えてほしい」
面会を終えて、2人は城塞を出た。
「……不可解」
出るなり、ルヴィナはぽつりとつぶやいた。
「彼女はオルセナが現状不利と言った。滅ぶかもしれないとも言った。ならば、城に立てこもり守るのが正解。なのに、彼女は出撃するという。見た感じ秘策があるわけでもなさそうだ。やることがチグハグ」
「……何でなんでしょう?」
「分からない。私は彼女に将才は感じた。無能ではない。単なる馬鹿な選択ではないはず。あるいは作戦自体が嘘かもしれない」
「作戦自体が嘘なんですか?」
「私達はいきなり押しかけた。諜報員と疑っても不思議はない」
ルヴィナ達が相手に通じていると考えれば、本当の情報を教えたら不利となる。だから、全く正反対の情報を渡して、相手に間違った作戦を立たせようとしていることは考えられる。
「しかし、寒い……」
時間が夕暮れに近づいてきて冷たい風が吹いてきた。
山の方に来たことと、このあたりは4月から7月にかけて冷え込むことがあるらしい。かなりの冷え込みである。
「相手は山の上にある国という。寒さという点でも相手が有利。出撃はますます腑に落ちない」
「確かにそうですねぇ」
アタマナも頷いた。戦闘の知識に詳しくはないが、一般論として正しいように思えたのである。
「私達の知らない何かがある。それを見極める……うん?」
アタンミ城内を東に歩いていた2人は、前方からやってくる馬車に目を止めた。
馬車は3台。完全に荷馬車のようで、何か持ってきたらしい。
「本国からの補給部隊か?」
出過ぎかもしれないと思ったが、ルヴィナは馬車に近づいた。
「これは補給物資?」
御者に尋ねると、「はい」と軽やかな返事が返ってくる。
「王都セシリームから王女様の頼みで持ってきました」
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