第2話 船長の受難

 レストランとはいうが、半分は居酒屋のようなもので中に入ると、アルコールの臭いが漂ってくる。


 船長は店の中央を見た。見知った酒飲み達の中に金髪の美少女がいて、ワインをあおっている。


「この澄み切った味とまろやかな風味……中々いけますね!」


 それらしい寸評に、周囲が「おぉぉ」とどよめいている。



 そこから少し離れたテーブルに1人のこれまた見事な金髪の人物が座っていた。濃紺の軍服を着ているところを見ると、女貴族の従者らしい。


 従者らしき人物の周囲にはレストランの娘達が集まっている。美男子と見るや集まる娘達である。真面目そうに見える女貴族の従者たる軍人は恰好のターゲットだろう。



 本人に聞きに行くのはまずいので、船長は従者に聞きに行くことにした。


 元々中性的な人物に見えたが、近づくと女性のようだ。よくよく見ると美男子という雰囲気でもない。金髪が見事過ぎるが、顔は無感情な翠の瞳を含めて、特に秀でているとは言えない。


 船長は従者の後ろに近づいた。彼女も気づいたようで振り返る。


「失礼します。3時間後に出発する船の船長ですが」


「船長……? あぁ」


 無感情な瞳同様、話しぶりも無愛想である。


「アクルクアに行きたい。世話になる」


「あ、いや、それはお任せください。それで、その……名前の件ですが」


「あぁ……」


 これまたすぐに反応した。ルヴィナ・ヴィルシュハーゼという名前に問題があったと気づいたようだ。


「あまり深く考えなかった……問題があるなら、別の名前に変える」


「いや、別に変える必要はないのですが、本当にあの方がルヴィナ・ヴィルシュハーゼなのでしょうか?」



 ワインやエールを飲んで騒いでいる少女は美人だが、威厳のようなものは感じられない。


 外見で判断してはいけないが、どうにもピンと来ない。


 船長の言葉に従者は目を丸くした。


「あれがルヴィナなわけがない。ルヴィナは私」


「えっ?」


 船長が驚くとともに、周りの娘がブーイングをぶつけてくる。



「嫌だ、船長。ルヴィナ様とアタマナさんを間違えるなんて」


「前から見る目がなかったけど、いよいよ腐ってきたようね」


「ルヴィナ様の威厳と端麗さが分からないなんて、本当に目が腐っているわ」



 自分の娘のような世代の女にグサグサと刺さることを言われ、船長は泣きそうになりながら再確認する。


「フェルディスのルヴィナ・ヴィルシュハーゼ様?」


「ルヴィナもヴィルシュハーゼもいるかもしれない。しかし。フェルディスの伯爵位をもつルヴィナ・ヴィルシュハーゼは私のみ」


「追放されたというのは本当ですか?」


「追放?」


 ルヴィナは目を丸くしたが、すぐに天井を見上げて、「そうかも」と頷いた。


「……似たことかもしれない。居づらくなった。だから出て行った」


「ほほう、自ら……」


「母と姉はとうの昔に死に、父も死んだ。母の故郷がどんなところか、見てみたくなった……」


 ルヴィナの声が少し上ずって、周りの娘が船長にブーイングを送り出す。



「ルヴィナ様がお嘆きになられている!?」


「このオヤジは何でこんな無神経な酷いことを聞くのかしら?」


「船長って本当に最低だわ」



「聞いてねえよ!」


 身の上話まで聞いたわけではない。勝手に相手が話し出しただけである。


 船長はまたも泣きたくなるが、ひとまず目の前の何故か異様にホール娘に懐かれている女がルヴィナ・ヴィルシュハーゼであること理解した。


「ちなみに、あちらが従者の方ですか?」


「そうだ。私は1人で行きたい。しかし、皆は1人だと危険と言う。つれていけと押し付けられた」


 ルヴィナはまるで望まぬことであったかのような顔をする。


「随分と目立っていますが、身代わりということでしょうか?」


「……」


 元々無感情な目をしているが、それがこれ以上ないほど醒めたものに変わった。そこからたっぷり3秒ほどを数えて、大きく息を吐いた。


「そうかもしれない。そういうことにしておく」


 考えるのも面倒くさい。そういう態度がありありとうかがえた。


「分かりました。出発までまだ3時間ありますが、できましたら1時間前にはお乗りください」


「承知した。船酔いしそうなのもいる。すぐにあれを回収して、乗り込むことにする」


「よろしくお願いします」


 ひとまず目指す有名人との邂逅も果たせた。船長は自分の持ち場へと帰ることにした。


 帰り際、ホール娘達とのやりとりが聞こえてくる。



「ルヴィナ様、私達も連れていってください」


「私は遊びに行くのではない。金もそれほどない」


「お金は私達が稼ぎますからぁ」



 いやいや、船上でお前達が何をして稼ぐんだ。


 船長は内心で毒づき、止めさせようとするが。



「私はいずれ戻る。その時またここに来る」


「本当ですか!?」、「必ずですよ、ルヴィナ様」


「約束する。待っていてくれ」


「はいぃ、待っていますぅ」



 どうやら最悪の事態は回避されたようだ。船長は溜息をついてレストランの外へと出た。

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