追放将軍、世界を放蕩放浪する

川野遥

1章・追放将軍と疎まれし王女

第1話 ある乗船客

 二つの大陸を行き来する大陸連絡船。


 これらの船の目的は、主として交易などの商売、自らの信奉する神や教えなどの布教。


 そして、逃亡や亡命のために使われる。



 港の船着き場で船長の1人が叫んでいた。40前後の体格の良い髭面の男だ。


「こら、おまえ達、ちゃんと仕事をしろ!」


 受付にいるまだ若い少年少女を大声で叱っている。


「大陸連絡船にルヴィナ・ヴィルシュハーゼが乗るはずがないだろう! 怪しい名前を名乗る人物はきちんと調べないとダメだ!」


 船長は名簿の確認ミスを叱っているようだ。


 ここは大きくない港である。


 乗客が名前を偽っていた場合、それが本当であるか調べる術はない。


 しかし、誰もが知るような有名人である場合は別だ。国王、貴族、著名な芸術家や学者など。



 ルヴィナ・ヴィルシュハーゼもそうした人物の1人である。


 年齢にしてまだ18か9のフェルディス帝国の女伯爵であるが、戦場に出ると滅法強い。いや、滅茶苦茶に強いという。


 14歳で爵位を継ぐと、地元の盗賊を容赦なく狩り立て、2年後には国家同士の大決戦で自軍を勝利に導いた。その後も連戦連勝、その輝くような金髪にちなんで『金色の死神』という大層な異名まで持つようになった。


 名将であり、伯爵でもあるこの人物が他所の大陸にホイホイ出かけていくなど、ありうるはずがない。



 叱られた少年少女達はしゅんと小さくなりつつも、反論する。


「本当にヴィルシュハーゼ伯爵だったんですよ」

「そうです。侍女の人が言うには、国のゴタゴタに巻き込まれて居づらくなったから、出て行くのだと」


 全員が反論してきた。


「本当か?」


 船長は厳しい視線を向けるが、少年少女達に嘘はないようだ。だから、考える。


 居づらくなって出て行くというのは、ありえない話ではない。


 若くして強すぎたり、有名になりすぎたりすると周囲の嫉妬を招くことは確かだ。


 政治的な陰謀に巻き込まれて、暗殺された、追放されたというような話は引きも切らない。



 しばらく悩んだ船長は、自分の眼で確かめたいと思ったようだ。


「では、ヴィルシュハーゼ伯爵を名乗る人物はどこにいる?」


「先ほど、レストランの方に向かわれましたが」


「そうか。出る前にワインを少したしなんでいこうということか」


 港町には別の大陸から運ばれてきたワインもある。小さな港町のレストランとは言っても、そうした珍しいワインを置いている可能性は高い。


「よし、ちょっと見てくるか」


 確認する、という建前ではあるが、船長の表情は期待を帯びている。


 有名人を目にしたいという本音が中にあることは明らかであった。

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