第24話 知っていること、知らないこと ①




 知らない少女がそこにいた。


 色素の薄い金髪を携え、白銀の瞳を持つ少女。知っているはずなのに、シエルの瞳は目の前の少女が別人のように捉えてしまう。

 思えば、昨日から様子が違った。

 珍しく夜に訊ねてきたり、別れ際の言葉など最たるものだろう。だが、どれも少女の変貌に繋がる可能性を残しながらも、証拠としては薄い。


 結局、シエルには彼女の暴挙の理由が分からなかった。その様子に気が付いたのか、ティアが口を開く。


「聞こえなかった? なら、もう一度言うわね。シエル——」

「……聞こえなかったわけじゃない」

「そう? じゃあ、勝負をしましょう」


 意味が分からない。

 今、城は混乱の最中にある。その中でなぜシエルの勝負を挑むのか?

 シエルの中ではすでに目の前の少女が犯人だと断定している。だからこそ意味が分からない。なら——


「その前に教えてほしい。なんでこんなことをしたんだ?」


 シエルは彼女の意思を問うた。

 考えられるのは、自身を役立たずと断じた王族家族への意趣返しか。

 だが、その線は薄いように思える。彼女はバカじゃない。こんなことをして何事もなく終わることがないのくらい分かっているはずだし、彼女の性格を考えてもこんな暴挙に出るなんて考えられなかった。


「分からない?」

「分かるわけないだろ」

「そっか。あなたにも分からないことがあるのね」


 少しだけ楽し気に。

 クスリと、小さい音を立ててティアが笑った。


「分かったわ。でも、その前に勝負よ。時間が無いもの」

「やっぱり、ティアがやったのか?」

「ええ。私が爆破したわ。正確にはオウルだけどね」

「なぜですか?」

「アントン?」

「なぜ、こんなことをしたのですか?」


 シエルを庇いながら、アントンの絞り出すような問いかけが木霊した。


「およそ十年、貴方の事を見てきました。魔力が無いにも関わらず諦めないで足掻いてきたではありませんか。なぜ、このようなことを……?」

「ふふ、足掻いてきた……ね」

「ティア様?」

「持っている貴方には分からないわ。だから、話すつもりもない——それよりもシエル。どうなの? 勝負を受ける? 受けない? ずっと従者の後ろにいるつもり?」


 挑発の眼差しが向けられる。

 一瞬の逡巡。


 彼女の誘いに乗るか? 乗らないか?


 王国騎士団もバカではない。現場の状況からティアが犯人だと特定し、この場所に乗り込んでくるもの時間の問題だろう。

 彼女の従者であるオウルが時間を稼ぐのだろうが、多勢に無勢である。それをティアも分かっているからこそのだ。

 ならば——


「分かった」

「シエル様⁉」

「このまま待ってたってティアが捕まって終わりだ。なら、俺は彼女の理由が聞きたい」

「ふふ、そうこなくちゃ」


 アントンの前に出て、笑うティアと対面する。


「それで? 勝負っていうのは何をするんだ? いつも通りの遊戯ゲームで決めるのか?」


 いくら実力に差があるとはいえ、交互に手を打っていく以上時間がかかる。

 その間に騎士団がやって来る可能性がある……そう考えての問いを、ティアは「いえ」と短い言葉で否定した。


「……私が今からあなたに言葉を贈る。それであなたの心が変わったら私の勝ち……私について来て欲しい。変わらなかったら私の負け……大人しく捕まるわ」

「それの何が勝負なんだ?」


 意味が分からない。

 何を言うつもりなのかも分からないが、そんなことのために多大なリスクを冒していることにも。

 シエルが眉を寄せる。しかし、そんなことはお構いなしに彼女は唇を開いて。


「昨日、私は言ったわよね。『経験こそが人を成長させる』って。『知識だけじゃ足りない』って」

「言ってたけど、それがどうしたんだ?」

「分からない?」

「分かるわけがないだろ。知識が無ければ人は備えることも出来ないし、そもそも王国は司書の知識を前提の栄えてきた国だ。結果がある以上はティアが言ったことに説得力は無いよ」


『王国』という成功例がある以上、どこまでいってもただ個人の理想だ。

 そんなことも分からない彼女ではないはずなのだが、なんの意図を以って「経験にこそ価値がある」などと言ったのか?

 その答えは、すぐに彼女自身の口から述べられることとなった。


「一人のを犠牲にした上だとしても?」

「は……?」


 シエルの意識に空白が生まれた。


 ……一人の人間が犠牲? 誰が?


 意味が分からない。

 むしろ、王国は誰の犠牲も出さずに繁栄を極めた国だ。

 恩を売り、血を流さず、血を流させず——そうやって歴代の司書が小国だった、まだ国としての名前があった王国を大きくしてきたのだ。


「もう一度言うわ。一人の人間を犠牲に成り上がった国に、何の価値があるというの?」

「……犠牲なんてあるわけない。俺は嫌々だったけど司書としての仕事をこなしてきた……たしかにこなせてなかった期間はあったけど、それでも代わりにアントンが王国を支えてくれていた。歴代の司書もそうだ。犠牲なんてあるはずが無いだろ」


 血が流れない……そんなことは不可能だ。

 人の視界に限界がある以上、見えないところにいる人は救えない。だが、それでも、シエルは司書として最大限の人を救ってきた。

 決して誰かを犠牲に事を解決したことなんて無い。


 不快感を露わに、シエルは声をわずかに荒げさせた。

 全て間違っているぞ! 俺は間違えていないぞ! と、これまでの生き様を否定するかのような言葉に怒りを滲ませて。


 一方通行の怒りの発露。

 初めて見せるシエルの怒りの眼差しを受けてなお、ティアは表情を崩さなかった。

 それどころか、一本の指を立てて。



「犠牲になってきたのは……あなたよ」



 そう、言い切ってみせた。

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