第23話 騒乱の序曲 ②
「シエル様!」
「ほあぁぁぁぁぁぁななな、なんだぁぁぁぁ⁉」
アントンの鋭い声と、喚き散らす野太い声。
その二つを器用に聞き分けながら、シエルは自身を守るために身をかがめた。
直後、アントンが即座に窓際に移動してカーテンを閉める。敵に居場所を直接見られないための対応だ。
「オルディナス卿、落ち着いてください。あまり騒いでは居場所を察知されます」
「嫌だ死にたくない! しにしにしにしに死にたくなぁぁぁぁぁぃぃぃぃい‼」
頭を庇って駆けまわるオルディナス卿に、シエルは内心頭を抱える。
敵に自陣を襲われた際、一番に気を付けなければいけないことは敵に見つからないようにすることだ。
超常の力である魔法は人数の差を覆すことが出来るが、その力を振るうのは人である。体力にも魔力にも限界がある以上、対多数は不利と言わざるを得ない。
だからこそ、敵に見つかることなく味方と合流することが求められる。だが、駆け回る足音に喚く怒声……どちらも敵に居場所を教えるようなもので。
「しぃぃにぃぃたぁぁくぅぅなヴぇ——⁉」
喚きが奇声に変わり、男の動きが止まった。
そして、重量のある体がゆっくりと傾いていき、ドスンと音を立てて倒れ伏せる。
「失礼、危険ですので」
「いや、最高」
いつの間にか背後に回り込んだアントンが側頭部を打ち抜いて昏倒させたらしい。
シエルに見えたのは打ち抜いた後のアントンであったため予想ではあるが、見事としかいえない行動である。
これで邪魔者は静かになった。後は状況の把握と、敵の正体の把握だ。
「アントン、爆発場所は?」
「少しお待ちを」
部屋の隅に気絶したオルディナス卿を移動させたアントンは、窓の脇に移動し背を当てる。
そして閉じられたカーテンに少しだけ隙間を作り、外を覗き込んで。
「な——⁉」
シエルも初めて聞く、驚きに満ちた声が漏れた。
「どこだったんだ? 第一城門? それとも——」
「ティア様の自室です」
「もう第二も——え……?」
理解が追いつかない。
……ティアの部屋が? なんで?
敵国が攻めてきたとあれば、王城内部に入り込むために城門を爆破するのが定石だろう。
ティアの自室は王城でも上層。魔法による攻撃の可能性もあるが、城門の外……王都内では場所が限られるし、さらに外となれば距離がありすぎる。
……そもそも、敵国が攻めて来るなんて普通はありえない。諜報員の報告は俺には回ってこないけど、王には多少なりとも反応があるはず。なら——
「シエル様?」
「少し黙っててくれ」
怪訝そうに窺ってくるアントンを制し、思考を回す。
……内部犯? クルデウスか? いや、彼女は魔法狂いだけど、王族を狙った代償は理解してる。魔法部隊員なら同じことを出来るかもしれないけど、それは同じだ。
そもそも、王国内の治安維持に問題はないはずである。シエルの仕事である貴族間のパワーバランスの調整は、間接的に王国の治安維持に貢献しているはずなのだから。
「アントン、爆発の規模は?」
「小規模です。ティア様の部屋は全壊しておりますが、影響は隣接している部屋まででしょう。レイトッド殿がいるので——」
「ああ、分かってる」
ティアは無事だ。そこに疑問はない。
アントンも認めている程の猛者である彼なら、もしティアが室内にいたとしても守ってみせるだろう。
なら、シエルがすべきことは犯人の特定。これ以上の被害が出ないようにすることだけだ。
「他に情報は? 些細な事でもいい」
「……おそらくですが、爆発は
「ということは、内部犯で確定だな」
「ええ。ですが、ティア様を狙う人間に心当たりがありません。彼女には魔力がほとんどありませんし、すでに王位継承権は放棄されておりますので」
「なら、
あらゆる知識を持ち、失われた魔法ですらも使ってのける化け物……それが王国におけるシエルという存在だ。魔法に重い価値を持つ王国にとって、シエルと敵対するという事は死に直結するほどの危険をはらむ。
だからこそ、シエルは仕事で外に出る際はアントンの首飾りを使ってわずかな隙も見せないようにしているのだ。
それがバレたとは考えにくい。
「貴族じゃない。ゼロではないけど、魔法部隊でもない。騎士団はありえない。なら——」
いったい誰が?
他国の諜報員には常に気を付けている。シエルは普段外に出ないが、代わりにアントンが警戒網を敷いているので、可能性は無いとは言えないが限りなく低いだろう。
考えうる可能性を一つずつ否定していく。しかし、大方の可能性はすべて否定しつくしてしまった。
「……二回目の爆発がありませんな」
「ああ」
「シエル様?」
いや、一つだけ残っている。
だが、出来るだけその可能性に目を向けたくないというのがシエルの本音だった。
魔力を完全に持たない生物がいない以上、誰にでも扱うことが出来る兵器であり、最近よく耳にしていたどころか、先日までそれのために他領まで出向いていた。
その兵器が使用され、その兵器を求めていた少女の自室で爆発が起きたのだ。関連が無いはずがないだろう。
「シエル様……!」
緊張をはらんだアントンの声。
その視線は扉へと向いており、すぐ後に扉が開かれた。
直後、アントンがシエルを庇うように立ち、開かれていく扉を見届ける。
「やっぱりか……」
そうは思いたくなかった。
だが、考えれば考えるほどその可能性が否定できなくなっていた。
「失礼するわね」
扉が開かれたことによって差し込んだ日の光を逆光に、一人の人物が映り込む。
徐々に見えてくる色素の薄い金髪を揺らめかせながら、カツカツと靴音を響かせて。
「ティア……」
「昨日ぶりねシエル……それじゃあ、勝負をしましょう」
ティア・ソフニールは、白銀の瞳に確固たる意志を携えて言い放った。
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