第5話 願いに振り回されて
「よかったの?」
「……当たり前だろ」
窓の外を見下ろすティアに、シエルは露骨なため息を吐き出した。
「不幸体質だって? 誰が治せるんだよ……」
「まあ、話を聞いた限り凄かったわね。大雨で川に流されたり、ドラゴンが空から降ってきたり、雷が降ってきたり、落石に巻き込まれたり……」
「それで全部無傷なんだから、逆に幸運体質だろ……」
ティアが指を折って数えていくにつれてシエルの顔が渋くなっていく。
「そもそも、いくら膨大な知識を持ってたって不幸体質を直せるわけがないだろ。体質なんだぞ? というか、不幸体質って何だよ……病気じゃないし、不幸なんて個人の感覚に過ぎないだろ」
体質的にどこかに不調があるのであればまだ納得がいく。しかし、
いうなれば、あれは超常現象——オカルトといっても差し支えないレベルだ。
「どれだけの知識があっても、あれは無理だ。というか、この世に誰にも治せないよ」
「あら、ずいぶんと自信の無い発言ね。私には知識がすべてだぁなんて言い張ってるのに」
「それとこれとは話が違う。分野違いなんだよ……知識が全てって考えは揺るがないさ」
「そう、じゃあ外に出る気は——」
「無いね」
即答である。
当たり前だ。外に出たところで本を読んでいれば世界は変わる。それに取り残されるのはいつだって……。
「でも、レグランド侯爵領には行くんでしょ?」
「そうだった……」
嫌な事を思い出して、シエルの表情が歪んだ。
しかし、今更断ることも出来ない。王国が安定した以上、司書に求められてきたのは貴族間のパワーバランスを保つことであり、レグランド侯爵ともほぼ取引を終えているのだ。
「まったく、王国を作り上げたのだって数世代前の司書だっていうのに……もういいだろ、平和に本を読んでたって」
当時であれば、司書の役割として重要だっただろう。
だが、王国が安定して数百年も経っている。シエルは戦争の歴史を知ってはいるが、経験はしていないのだ。
「諦めなさい。それが仕事でしょう? それに私、将来の夫が仕事をしないごく潰しなんて嫌よ?」
「そんなの、勝手に決められた事だろ」
「決められた事だとしても、今は決まってるんだから仕方がないでしょう? あと、レグランド侯爵領には私も行くから」
「はぁ⁉ なんで——」
「なんでなんて言わなくても分かるでしょう? あなたと貴族の橋渡しが私の仕事なんだから。それに——」
ティアは何か考えるように顔を俯かせて。
「……魔爆石があれば、私も何か出来るようになるかもしれないし」
しんと室内が静まり返る。
それを破るように、ティアは声を明るくして。
「ほら、私は身体強化、それも短時間しか魔法が使えないでしょう? 攻撃魔法が使えないから、
「……気持ちはなんとなくわかるけど、
「それでもよ。自分の身も守れないなんて嫌だもの。剣士は魔法使いには適わない……なら、最低限の工夫は必要だわ。ダメで元々。一つの可能性を試すためにも、私も付いていくから」
「そもそも、魔爆石は王城管理なんだけど?」
「それは……ほら、私は王女だから」
どうやら何を言っても付いてくる気らしい。
とはいえ、魔法が使えないからという理由で彼女に
だから彼女が付いてくる意味はほとんど無いのだが、出来損ないという烙印を押されていようと彼女は王族。一応はシエルよりも上位の地位を持つ。
そんな彼女が行きたいと言えば、シエルには断る権利などないわけで。
「勝手にしてくれ」
シエルは最後の抵抗として、出来るだけ嫌そうに聞こえるように努力した。
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