第3話 司書の仕事




「つまり、鉱山にて発見された魔爆石ロルピスの対処をしてほしいと?」

「ええ」


 まだ日が昇って間もない時間。

 先日、ティアと遊戯をした部屋——シエルの私室となっている部屋で、シエルは一人の男と言葉を交わしていた。


「今回発見された鉱脈は数年ぶりに発見された王国の宝です。特に、今回は魔力を多く含んだ鉱脈……魔導技術の発展に大きく貢献できる。我が家としても失敗は出来ないのです」


 巌のような男だった。

 よく鍛えられた肉体はほどよく日に焼け、魔術に比重を置くこの国にとって武術にも秀でていることを示している。だが、かといって彼が魔術に明るくないわけではない。小国を吸収することで成長して生まれた国の貴族だ。侯爵という地位相応の実力は持っているだろう。


「レグランド家は騎士の家でしたね。ですので、魔石の知識に明るくないのは当然です。特に魔爆石ロルピスとなれば一瞬の判断ミスが多大な被害に繋がる」


 魔力を含んだ鉱石——魔石。

 様々な種類のある魔石ではあるが、その中でも魔爆石は火の精霊が放つ火の魔力……その影響を受けたものになる。純度にもよるが、臨界状態の魔爆石はちょっとした火種でも大爆発を起こす可能性を秘めた危険なものだ。


「ですが、なぜ王を経由しないと会うことすらできない私に? 魔石の知識を持つ者は王国でも少なくなっていますが、ゼロではない。なにか理由があるのですか?」

「…………」

「まさかとは思いますが、ルグナール侯爵を出し抜くおつもりですか? たしかにルグナール領は平地で、鉱山になりえる山が無い。ですが、魔石の知識を持つ研究者を抱えています。しかし、頼ってしまえば相応の代価を求められる……それを避けたいと」


 難しい表情で口を閉ざすレグランド侯爵。


 ……つまり、正解ってことか。


 シエルはくだらないという本音を飲みこんで、代わりに嘆息した。

 両者は共に騎士の家だ。そしてどちらも魔法にも長けており、実力も拮抗している。知識を持つ家に魔石を流通させてしまえば、拮抗していた天秤は容易く傾くのは想像がつく。

 貴族は家を発展させ、力を求める。たしかに国を守るのには力が必要だ。だが、他を蹴落としてまで望む力に価値は無い……それがシエルの考えだ。


「お話は分かりました。魔石の状態を見るためにも私が出向くしかないでしょう。ただ、それ相応の代償はいただきます」

「貴殿が求めるような書物は我が家にはありませんが?」

「私への報酬ではありません。私は王族……いえ、王直属。魔爆石は王家預かりになりますのでそれ以外の、発掘された魔石の七割を王家に献上でどうでしょう?」

「なっ、そんなの横暴ではないですか!」


 さすがに看過できなかったのだろう。レグランド侯爵の腰が跳ね上がる。

 だが、シエルの答えは変わらない。


「すでに知っていると思いますが、私は王から貴族間の力を制御コントロールするという役割を授かっています。なのに、片方の家の増長を見逃せと?」

「そ、それは……」

「なにも全て奪おうと考えているわけではありません。運用する知識が無い状態で大量の魔石を得ても宝の持ち腐れでしかありません。なら、研究するのに十分な量を残し、残りは王家で活用した方が利益が出る」

「…………」


 レグランド侯爵は何も語らなかった。

 当然だ。自分の領地から出てきた宝を無条件に献上しろと言っているのだから。

 だが、頷いてもらわないといけないのもまた事実であり、そのためにシエルがいる。


「別にずっと献上し続けろと言っているわけじゃない。活用できないのが問題なら、活用できるようになればいいんですよ」


 シエルは足を組んでレグランド侯爵を見上げた。


「レグランド領に必要な知識は私がお教えしましょう。貴方はその知識をもって自領の発展に務めればいい。そうなれば、王国もレグランド領もどちらも得をする」


 余裕たっぷりの視線と疑惑の混じった視線。両者がせめぎ合う。

 沈黙が室内を満たし、空気が張り詰める……が、その拮抗はすぐに終わりを告げた。


「……貴殿の言いたいことは分かりました」


 音を立てて腰が落ちた。


「ですが、本当にそんなことが可能なのですか? 我が家には何の知識もない。基礎知識すら。それを——」

「私の役職をお忘れですか?」


 侯爵の言葉を遮って、シエルは堂々と言い放った。

 そして、それだけで十分だ。


「さすが王国の司書ですね。我が家の現状も、領地の現状も、すべてお見通しですか……」


 フッと、レグランド侯爵の表情は和らいだ。

 全身から力が抜け、椅子にもたれて。


「分かりました。そういう事なら貴方にお任せします」

「期待してください。悪いようにはしませんよ」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 レグランド侯爵が手を伸ばし、合わせてシエルも手を伸ばす。

 膝ほどのテーブルの上で両者の手が近づいていき、合わされようとした——その時だった。


 ——コンコン。

「会談中に失礼するわね」


 凛とした声音。

 シエルがその声に顔をわずかにしかめ、同時にため息を堪える。

 仕事中のシエルに割り込み、同時にこの部屋に入る許可を得ている人物。視界に収めるまでもない——ティアだった。

 それでもシエルが目を向ければ、彼女は中途半端に開かれた扉から半身を見せていて。


「会談は中断よ。聖女様が訪ねて来たわ」


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