第4話 便利な立体映像《ソリッド》

 ★


 ライトが、しまったと思ったときにはすでに遅く、セナの姿はなかった。


「ソニア所長が、セクシーすぎるからですよ……」


「そうかしら?」


 ソニアは小首をかしげた。

 魅惑的な笑みではあったが、ライトはそれを見て大きなため息を吐いた。


「あなたが、108歳のおばあちゃんだと知っていたら、彼女はあんな顔をして飛び出して行ったりはしなかったと思うんですけど」


「ま、ランカスター博士ご存知でしたの?」


 ホホホと明るく笑い飛ばすソニア。


「自分の勤め先のことくらい、調べさせていただきました。よくできた立体映像ソリッドですね」


 そう言いながら、ライトは改めてソニアの姿を見た。


 彼女の姿は、『ソリッド』という遠隔で動かす立体映像で、本体つまり肉体は別の場所にいる。

 彼女の使用しているソリッドは、豪奢な金髪に、艶かしい曲線を描く深紅のボディスーツ姿。誰もが彼女の魅力に目を奪われるだろう。


 しかし、彼女は容姿こそ美の女神アフロディーテだったが、暖かく知識をたたえたはしばみ色の瞳からは豊穣を司る女神デメテルの輝きを感じた。

 そのアンバランスさが立体映像とは思えない生き生きとしたソニアを作り上げている。


 だから、事実を知らないセナはソリッドを本物と思ったのだ。

 もっとも、精巧に作られたソリッドを触れることなく見抜けるものなどいやしないが……。

 ソリッドの映像は、今現在の姿を複写スキャンするのが一般的だが、彼女のように映像を合成することもできる。


 ソニアの場合は、モデルのように美しい容姿ではあるがすべてが合成映像ではないと思われる。おそらく彼女の若かりし頃の姿を写し取ったものだろう。


「本体は、自室のカプセルでお眠りしてるわ。でも、よぼよぼのおばあちゃんよりはこの方がいでしょ?」


「僕は、どちらでもかまいませんよ。あなたの著書を拝見してこちらでお世話になろうと思ったんですから。外側じゃなくて、あなたの中身を尊敬していますので」


「ま、かわいいこと。活躍、期待してるわよ。ランカスター博士」


 ウィンクするソニア所長を見て、ライトは赤面しながらよろめいた。

 このまま、セレナでの生活中ずっと翻弄ほんろうされるのかと思うと、頭が痛い。


「あなたから見れば、ひよっ子もいいところですから、僕のことはライトと呼んでください。しかし、あの子の誤解をどう解こう……」


 彼は、セレナではじめての友達をこんな誤解で失くすのはいやだった。


「私、あの子のこと知ってるわ。レアメタルの採掘現場の監督と資源研究員の夫妻のお嬢さんよ」


「知り合いですか?」


「いいえ。でも、私の入れない場所はないし♪」


「じゃあ、なんで僕を迎えにきてくれなかったんですか……」


「あら、遠隔で宙港のホストコンピュータにつないでもらってソリッドを飛ばそうと思ったのよ。でも、モニターしたら彼女と仲良く抱き合ってる姿が見えたから~。邪魔しちゃいけないと思って」


「宙港のコンピュータを経由して、ずっと見ていたってことですか……」


 ライトは、まったく……とばかりにため息をついた。

 よく考えたら、それは違法行為のような気がしたが、ライトはあえて言及しなかった。

 ここは母星ではない。常識はずれのこともいささかあるかもしれない。


「だーって、寝たきりのおばあちゃんにはそのくらいしか楽しみがないのよぉ」


「はいはい、わかりましたよ。以後、『壁に耳あり障子に目あり』だと思って気をつけます」


「なに、それ?」


「どっかの星の格言らしいですよ。ゆだんするなっていう」


「えー、おじいちゃんみたい。物知りね」



 108歳のソニアにおじいちゃん呼ばわりされたら苦笑するしかない、



「……本体へご挨拶にいきますから案内してください」


「礼儀正しいこと」


 ソニアのソリッドは、『つまんなーい』と言いたげライトを睨んだ。


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