聴こえないメロディー

霜月れお

🎀



 苦節5年。慎重な様子で彼からディナーに誘われた瞬間、わたしは悟ったのだ。

 大きくなり過ぎた期待にしがみつき、遂に夢にまで見た日がやって来た。

 いつもよりも丁寧に眉毛を書き、ヘアアイロンで髪を巻く。少しだけ背伸びをしたワンピースに膨れすぎた期待を忍ばせ家を出た。

 少女だった頃は誰でも夢見るものでしょ?

 玩具の指輪を身に着け、誰にも聴こえないメロディーを空想し、祝福のファンファーレが鳴り響く世界のプリンセスは必ず王子様のお迎えが来る。子どもの遊びで終われば良かったのに、わたしは本気で夢見たまま大人になってしまった。

 待ち合わせの場所は、都会の夜景が映えるレストラン。蝋燭の炎がゆらりとしているテーブルに案内され、いつもよりも落ち着かなそうな彼を目の前に、速くなる心拍数と血流に堪らず手で顔を扇いだ。

 ぽつりぽつりと他愛のない会話。

 プロポーズされたい病のわたしは、想いばかりが先行して無言で食事にがっついた。

「実は、今日キミに伝えたいことがあるんだ」

 きたきた遂に来た。

 彼がポケットから取り出した小さな箱。間違いない、当確でしょ。

 祝福の歌が脳内で音量を上げていき、聴こえないメロディーとなって無限にリピートする。

 お願いだから、片膝をついた憧れのポーズで彼から見上げてもらいたい。

 掌の上を右に左に箱が移動する。一向に椅子から立ち上がろうとしない彼に、わたしは居ても立ってもいられず、恥じらいを装いながらも左手を差し出し、そっと目を閉じた。

「あの、本当は今日に間に合う予定だったんだ」

 左薬指に触れる硬くて軽い感触。あれ? この流れで婚約指輪じゃないパターンなんてアリ? 違和感に目を開けた。

 蝋燭の炎に照らされた透明ピンクの樹脂の宝石が光り、思い出の聴こえないメロディーが蘇る。

 端っこのバリ取りが不揃いなセボンスターの指輪。

「キミのために特注を頼んでいたんだけど、社会情勢とやらで納期が遅れるって連絡があってさ。キミとの予定も決めてたし、レストランもキャンセルするには遅くて、悩んだ結果なんだ。ごめん」

 あまりの衝撃に、彼の言葉は脳内の聴こえないメロディーに吸い込まれていった。

「キミが子供の頃にプリンセスごっこをしていたのを思い出して、慌てて大人買いして、やっと出たんだ。こんな自分だけど、僕と一緒に楽しく人生を過ごすパートナーになって欲しい」

 左薬指の指輪をゆっくりと愛撫する。

 返事なんて、とっくの昔から決まっている。





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聴こえないメロディー 霜月れお @reoshimotsuki

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