はじまり、はじまり

「みんな、今日はね、真澄お兄さんと陽翔お兄さんが、素敵なものを持ってきてくれました!」


 わぁ、と園児たちが歓声をあげる。保育士のお姉さんが、隣の真澄たちに視線をくれる。


 春の陽気が気持ちいい。桜の折り紙で飾られた教室で、椅子に腰掛けた真澄が手の中のものを園児たちにぐるりと見せた。


「今日は、紙芝居を持ってきたよ。なんと、お兄さんたちの手作りです!」


 きゃあー、と嬉しそうな声がする。それに、落ち着かなさを隠しながら陽翔は笑ってみせた。


 冬の時間をかけて、陽翔と真澄はひとつの物語を作り上げた。


 お互いの家に訪ねていってアイディアを出し合いながら、ラフ画を描いて、プロットを作って。手探りながら2人でする初めての試みが、こんなにも充実して楽しいのだと知る。

 

 作業に熱が入りすぎて帰りが遅くなってしまうこともしばしばあったし、週末なんかは真澄が泊めてくれることもあった。おじさんとおばさんはいつだって歓迎してくれて、「真澄、陽翔くんのおかげですごく楽しそうなのよ」とこっそり笑いかけてくれた。


 炬燵の上に紙をいっぱいに広げて意見をすり合わせながら、ペンを走らせる。色を付けていく。それを、真澄はとても喜んでくれて「今、いちばん幸せだよ」と目元を綻ばせてくれた。


 それを、陽翔はときどき抱き締めてしまいたくて堪らなくなる。ひとつの季節の中だけでも、また少し背が伸びた。


 まだ追い付かなくても、そろそろ唇が届く高さになってくる。その柔らかそうな薄紅色に目を奪われながら、文字を綴っていく真澄を眺めた。


 いつか、伝える日のことを思う。


「これは、ゆめを追いかける、うさぎたちのお話。はじまり、はじまり」


 ひだまりの中で、柔らかで心地のよい声が響く。力いっぱいの小さな拍手たちが、2人を包んだ。

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空を泳ぐ海月に物語を たいご @hananome2223

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