クリスマスの朝
ポコン!
と軽快な音が鳴って、陽翔は目を覚ました。無防備な窓からは日が差し込んでいて、すっかり辺りは明るくなっていた。時計を見れば時刻はもう10時になろうとしている。おばさんたちは、お泊まり会だからと気を利かせて起こさずにいてくれたのだろう。
んん、とうめき声が聴こえて弾かれるようにして隣を見ると真澄がすうすうと寝息を立てていた。目元が痛そうなのが気になるけれど、年上ながら寝顔がいつもより幼く見える。
か……かわいいな……。
こく、と小さく唾液を飲み込んで、ちらりと先ほどの音の方を向いた。タブレットの通知音だ。
「……れんらく……」
まだ幾分ぽーっとする頭でのそのそ画面をオンにすると、メッセージアプリにマークがついていた。椎からだ。
『おはよ』『真澄、プレゼントどうだった?』
「……ぷれぜ……」
ばっとまだ半分被っていた布団を跳ね除ける。
やばいやばいやばい!
急いでリュックを手繰り寄せて中に手を突っ込む。赤と緑の包装紙で綺麗にラッピングされたそれを、まだ眠っている真澄の枕元に置いて、そこまでやって任務は完了だ。機会を逃すところだった。真澄が寝坊がちで助かった。
……けれど果たして、これは真澄の欲しいものなのだろうか?
蘇る昨夜のやり取りに、手が止まる。自分と真澄が交わした約束こそが、長年の渡る真澄の願いだった。
じゃあ、自分がかすみと椎とでデパートへ赴いて、買ったこのプレゼントは?
散々悩んで決めたひと品ではあるけれど、あの話を聞いてからでは自信がなくなってしまった。真澄が欲したのは高価な既製品ではなく、陽翔自身がつくりだした作品だったのだ。
伸ばしたはずの手から力が抜けていく。そして、ジッパーに手をかけた。かすみさんたちには申し訳ないけれど、……でも。
これを、あげたとして、なんて言えばいいのかわからない。
溜め息を吐きながら、ちら、と背後を見る。
目が合ったのはそのときだった。
心臓をギュッと絞られたような感覚があって、口の中で言葉がひっくり返る。真澄の黒くて澄み渡った目が、とろんとこちらを向いていた。
「おっ……おは……おはよ……」
「おはよぉ」
「………………見た?」
「ふわぁ、うん?」
うつ伏せのまま、くにゃ、と首を傾げられる。愛しいけれどどっちの反応なんだ、と思っていると、真澄がくすくすと笑い出す。
「わかってるよ、大丈夫」
「え”っ!!?」
「陽翔は“クリスマス会”がしたかったんだもんな。俺も友達とのパーティーで学んだよ。プレゼント交換するんだっけ」
ドッドッドッとまるで健康に良くない音を体内で立てながら、陽翔はこくこくと頷いた。ピンチからの勘違いに焦って、顔に熱が集まって堪らない。ふんわりと微笑んだ真澄が体を起こして、布団の上に胡座をかく。
「幹事にも色々聞かれてさ。やるのは、こう……音楽かけて隣に渡していくランダム方式なんだけど、それぞれメンバーの好きなものを1つずつ混ぜるっていうルールだったらしくて。ふふ、なのにいくつもいくつも聞いてくるんだよ。品切れだったときに聞き直すの面倒だからって」
「あ、あー……そうなん、いや、そう、実はそのラインナップを椎さんたちから教えて貰ってて……だから、その内のひとつなんだけど……」
瞬間的に知らないフリをしかけてしまったが、この包装の中身にすぐさま思い直して一部だけを正直に伝える。危なかった、と作った笑顔の裏で冷や汗をかいていると、真澄が「ごめんね」と眉を下げる。
「俺、そういうパーティーの決まりごとには疎かったものだから。陽翔が泊まりたいって言ってくれたのもつい先日だっただろ? だから、急いで間に合わせを用意するくらいなら、25日にそのまま一緒に出掛けて欲しいものを買ってやるのがいいのかなって思ってさ。そういうわけで、今日の時間も貰っちゃうけど」
「いっ……いい!! っえ、いいの!?」
「うん。陽翔、ありがとう。プレゼントを選んでくれて」
朗らかな笑顔に、口の端がにやけてしまう。えへへぇ、と笑い返すと、真澄は嬉しそうに目尻を下げた。
「あ……あのさ、その、椎さんとかすみさんに、プレゼント買いに行くの手伝って貰っちゃって。だから、あの2人のお蔭でもあるんだ」
「え? 連名ってこと?」
「ううん、オレのお小遣いだけど。でも、1人で行くのは危ないからって電車に乗せて連れていってくれたから」
「そっかぁ、なるほどね。じゃあ、俺からもお礼しとくよ。ふふ、陽翔、がんばってくれたんだね」
「ううん、べつに。……はい、真澄。いつも遊んでくれてありがとう。メリークリスマス!」
真澄は丁寧に包装紙を剥がして、それはそれは嬉しそうに笑ってみせた。
イベントごとのある日のショッピングモールは混んでいる。けれど、田舎だとこういった複合施設が1番遊ぶ環境が整っているので、買い物をして楽しむのであれば自然と行き先は決まってしまった。
おまけに、ここは駅から専用のバスが出ているのだ。車の無い身には、こういうアクセスの良さは重要なのである。
「フォトスポットがある! 真澄、撮って貰おうよ!」
すっかり心配事が消えて、気の向くままにはしゃいでみせると、真澄は「はぁい」と全部に付き合ってくれた。
大きなツリーに赤いソリ。きらめきいっぱいのオブジェと大好きな真澄と共に撮った写真をタブレットにおさめて、陽翔はそれはもう破顔した。
おそらく仲睦まじい兄弟に見えたことだろうが、べたりとくっつけば真澄は屈んで肩を組んでくれたのだ。
石鹸のいい匂いにどきどきする。
「えへへへへぇ」
「ふふ、満足した?」
「うん! した!」
あとで真澄のスマホにも送る約束をして、タブレットをリュックサックに仕舞う。もともと大事なアイテムだけれど、この写真が入っていることで一層価値が増した気がした。陽翔はきっと、内臓のアルバムを毎晩見返すだろう。
陽翔は満足げに、真澄を見上げた。彼は赤い装束のサンタについては、もういいんだ、と笑うばかりですっかり吹っ切れた様子だった。その顔があんまり晴れやかなので、陽翔も笑みを返して隣を歩く。
レストラン街のハンバーガーショップでチキンバーガーとポテトにシェイクで腹を満たして、いよいよプレゼント選びだ。数日前、此処に訪れたときには、真澄が一体何を喜んでくれるだろうと散々唸った。かすみも椎も本当に根気よく付き合ってくれたので、感謝をせねばなるまい。
陽翔は檻のようなカゴにいるぬいぐるみを抱き上げてみた。キュートな恐竜でとても心惹かれるけれど、流石に子供っぽすぎるかもしれない。
けれど、モンスターを狩るゲームによく似た奴が出てくるので、心が躍ってしまうのも事実だ。……とはいえ、真澄からの記念すべき初のクリスマスプレゼントに選んでいいものか……。
うーんうーん、と悩んでいると、真澄がさっきからやたら静かなことに気付く。そろりと見上げれば、ちょうど視線をこっちに戻したかのようで目が合う。
少し見開いた目で、何かに驚いているようだった。
「どうしたの?」
「えっ……? あ、いや」
そう言って口ごもってしまう。どこかまごまごした様子に、首を傾げた。
「あ、あのね陽翔。……その恐竜も買ってあげるけど、もうひとつ何か、選んでもいいからね」
「え? だってオレ、1つしかあげてないのに。不公平になっちゃうじゃん」
「それでようやく見合うくらいだと思う……こんなにお金を出させていたとは……」
もしょもしょとした声はよく聞き取れないけれど、どうしても2つ買うという姿勢を崩さなかったので陽翔が折れた。
恐竜のぬいぐるみと、ペンケースを買って貰って、ご機嫌で店を出る。
「オレもさ、来年からは中学生だから。こういうかっこいいやつ使いたかったんだ!」
「なんか進学祝いみたいになっちゃうね。中学で、やりたいことはある?」
「やっぱり絵を描きたい! 真澄みたいに色んなこともしてみたいと思うけど……文芸部って忙しい?」
「毎日は顔出さないけどね。委員会もあるし、ボランティアもやってるし」
「ボランティア」
はた、と足を止める。追い越しそうになってしまった真澄が同じく歩みを止めて、微笑みを浮かべながら「陽翔?」と呼び掛けてくる。
「いいこと、思いついたかも」
にんまりと笑みを浮かべて、屈んでくれた真澄に耳打ちをした。
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