イブの夜
24日の夜に忍び込むのは難しい。考えあぐねた結果、イブの夜は真澄の家に泊まれないかと本人に打診した。
おじさんとおばさんとケーキを食べなくていいの? だとか、サンタさんが迷っちゃうよ、など、予想通りいくつか懸念事項を挙げられたが、「真澄と過ごしたいから……」とぶーたれた顔をすれば要求は通った。したたかである自覚はある。幼い頃を通過しきったお兄さんお姉さんは、子供が子供らしく振る舞うことに弱い部分があるのだ。
「手紙は、書いてきたよ。……真澄の家に泊まるって」
「うん。やっぱりそうしてよかっただろ? 安心だね」
数日前、陽翔の申し出を受けてくれた真澄が提案したのはサンタに自分は家には不在であるという断りを入れることだった。
「ふふ。ごめんね。陽翔がうちにいるってことは、小さい子担当のサンタがうちに来てくれるわけだから、それもちょっと楽しみなんだ」
「真澄の担当のサンタだって来るよ」
「そうかもね。でもやっぱり、ずっと俺にプレゼントをくれていたサンタとは、ちゃんとお別れをしたいんだ。寝ているときにしか来ないとはいってもね。今までだってそうだったんだから」
律儀だなぁ、と陽翔は思う。
今日は昼間からアニメを観て、ゲームをして、夜になったらご両親特製のご馳走とケーキを食べる予定でいる。おじさんの焼くピザが絶品なのと、おばさんはチキンにシチューを用意すると張り切ってくれているのだから堪らない。今からお腹が鳴りそうで、皿にあけられたおかきをひとつまみ取って口に入れた。
この日の真澄は、ミントグリーンのゆったりとしたセーターを着ていた。大きな模様が編みこまれたそれが温かそうで、よく似合っている。今年も出した炬燵で、おかきを骨張った手で取り美味しそうに食べていた。その所作すら好ましく感じてしまって、ああ、そうか好きな人とのクリスマスの夜を貰ってしまったんだ、と陽翔はむずつく唇を必死で引き結んだ。
二人で観るアニメは、もうとっくに新しいシリーズになっていた。段々と真澄の趣味もわかってきて、最近はグルメ系への反応が良い。
また、陽翔の好みも変化してきた。少し大人っぽいビターテイストのものも楽しく観られるようになったのだ。慣れなのか、成長しているからなのかはわからない。
ともあれ、二人で初見の作品を楽しむことができているので、問題はないどころかいい傾向だった。
「ご飯だよー!」
階下から真澄の母の呼ぶ声がして、陽翔と真澄はコントローラーを置く。機械音痴な真澄だが、ネットの設定もログインもいらないレトロゲームならそこそこに遊ぶことができる。
得意分野でなくとも陽翔に付き合ってくれるのを、陽翔は嬉しく思う。それを言うと、「俺だって楽しんでるよ」と笑ってくれるので、惚れ直すばかりだ。
因みに、一番無難に盛り上がれるのはリズムゲームだ。音楽に合わせて、譜面を奏でるようにしてボタンを押していくもの。イージーモードしかできないとしても、曲を聴くところから楽しむことができるのがいいところだ。
すっかり配膳を終えて、おじさんとおばさんが笑顔で陽翔を迎えてくれた。部屋中の灯りや暖房を消してくれた真澄が、一歩遅れて降りてくる。
和やかに、わいわいと盛り上がりながら食べるご馳走は美味しかった。この2人が真澄からサンタを引き剥がしたのだと一瞬だけ過ぎったが、むしろ遅すぎるくらいだと思い直す。
なんて言ったって、もう高校生なので。
陽翔が思いを行動に移せるくらい大きくなってからにしてくれてありがたい、とすら思った。
もっと幼い頃であったなら、きっと悲しみに暮れる真澄をおろおろ見ているだけだった。なんとかなるといいな、と思いながら切り分けたターキーを野菜と共に口に運ぶ。
「陽翔くんはなんでも食べて偉いわねぇ。あと何年かしたら、真澄の背なんて追い越しちゃうんじゃないかしら」
「そうなんだよ。陽翔ってば、どんどんでかくなってきててさぁ。あんなに小さかったのになぁ」
「真澄も高校でがんばって伸びないとな。寝るべき時間に夜更かしして書き物をしていると発育に悪いんだぞ」
「あっはは、おじさんの言う通り! それでねぼすけだもんね、真澄って」
「そ、総攻撃……!」
項垂れる真澄が可笑しくて、ついつい笑い声を上げてしまう。
食後に出てきたのはチョコレートクリームのホールケーキだった。1年前とは違う味だね、と一緒に蝋燭を立てながら笑い合った。
時計の針は、いつもより早く回っていった。
サンタクロースになる時刻が、近付いてくる。
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