サンタクロースになるために
真澄の高校1年生のクリスマスがやってきた。
正確には、1週間後だ。両者とも、冬休みに入っている時期である。
来る25日のために、陽翔は毎月600円のお小遣いにはほとんど手をつけなかった。積極的にお手伝いもした。
真澄はそれを「おばさんが、陽翔がすごくいいこにしているって喜んでいたよ」とにこにこしていたけれど、全部その真澄のためだった。
彼のクリスマスを守ってやりたい。
彼が欲しがるプレゼントを買うだけの資金が必要だったのだ。
小学生の資金源は極々限られているけれど、できることから励んでいく。
とはいえ、時期が近付き壁にぶち当たった。
真澄が、なんにもリクエストを考えていないのだ。
曰く、サンタはもう俺のところには来ないので。
諦めつつもふと寂しそうな表情を見せるものだから、一層晴翔の決意が固まっていく。
だったら尚更だ。
オレが、真澄のサンタになり代わってやる。
幸いリサーチをする宛てはあった。家族ぐるみの付き合いであるため、あちらの両親とは気軽に話せる。しかしながら晴翔は1人、ランドセルを背負ったまま公園のブランコに腰掛けて唸っていた。
いい案かと思ったけれど、そもそもサンタからの卒業を画策したのはその両親なのだ。そこに下手に飛び込んでは、かえって引っ掻きまわすことになりかねない。
最悪の場合、真澄にサンタの正体がバレてしまう。決定的なひと言が伝わってしまうのだけは避けたかった。そんな残酷なことが、あっていいはずがない。
「あっれー、弟くんじゃない?」
「ほんとだ、今帰り?」
顔をあげれば、知っている女子高生が2人、こちらに歩いてきた。雪がちらついていても関係なく素足を晒し、制服にマフラーだけを巻いた出で立ちで、ひらひらと手を振っている。
「こんにちは、かすみさん。椎さん」
「真澄なら委員会行ったよー。美化委員ね」
二人とも真澄の中学時代からの友達だ。年々派手な容姿になっていくかすみと、いつもその奔放さを嗜めている椎。
晴翔を真澄の弟扱いしてくるのは相変わらずである。無事に彼と同じ学校に進学した彼女たちを、内心羨ましく思ってしまうのを止められない。
同じ学び舎で授業を受ける権利を、晴翔は失って久しい。
「かすみさんたちは、クラブ……部活とかはないんですっけ」
「もうすぐクリスマスだからさ、パーティーやろうと思って。買い出しね」
これから行くとこ、と飾り立てたネイルの指で商店街の方を示した。
「真澄はまだ信じてるっぽいけど、ついにサンタ辞められちゃうみたいだし。今年は誘おうかなーって……」
「あっおい! ばか!」
ばしん! と痛そうな音がして、かすみが背中をおさえる。間もなく椎の剣幕にハッと愕然した顔になったので、晴翔は苦笑いをして「大丈夫です」と首を振った。
「わかってます、サンタのこと。オレは毎年プレゼントのお礼をちゃんと親に言ってるんで」
「よ、よかったぁあ〜……! ピュアな少年の夢を潰しちゃったかと思った……」
「いや、もう6年生なんで……クラス内でも信じてる人いないくらいですよ」
「そ、そうかぁ……まぁその年齢ならな、うちらもそんな感じだったかもしれない。真澄じゃあるまいし」
「あいつはガチだからなぁ」
「あはは……」
真澄の世界を守ってきてくれた側の人間であろう面子でへらへらと笑う。お互い苦労しますねえ、みたいななんとなく和やかな空気が流れた。
「そうだ。あの、教えてほしいことがあるんですけど」
良いタイミングで会えたと思う。ランドセルから自由帳と鉛筆を出して、晴翔は頭を下げる。
「真澄が欲しがっているものとか、あればよかったらメモさせてください」
「うん? あ、もしかしてプレゼント交換とかすんの? やだぁー、かわいいー」
「真澄のところには、もうサンタは来ないから……」
自分でも驚くほどに、切実そうな声が出てしまう。
真澄の世界に、サンタはいる。ただちょっと任期が終わって、もっと小さい子の担当になっただけ。
だったら、後任が必要だ。真澄に笑顔を届けるその役目を、どうかオレに。
説明しきると、二人は顔を見合わせた。困惑はやがて微笑ましそうな表情に、それから神妙そうな顔になる。
「や。でも……弟くんが? 小学生ってそんなにお金ある?」
「そうだよー。やってることはなんかもう、健気で応援したくなるけど。ねえ、うちらもちょっと出してあげよっか?」
ふるふる、と首を横に振ると、再び沈黙が落ちる。お姉さんたちを困らせているのはわかるけれど、譲れないところだった。
「でもねえ、手作りプライスレスなプレゼントってわけにはいかないもんねえ」
「ああー、料理とか似顔絵とかね。子どもから貰ったら泣けちゃうような贈り物だけど」
「コンクールに出した絵を、真澄は部屋に飾ってくれています。確かに喜んではくれると思うけど、でも二人の言う通り、それじゃあ意味がないんです。オレからじゃなくて、サンタからじゃないと」
ひと呼吸おいて、陽翔はおずおずと、しかししっかりと彼女たちを見た。
「お金は、ちょっとかかってもいいんです。ある、ので」
「ええー……?」
「は、8千円くらい、なら」
お年玉は一部しか手渡して貰えないので、実質自由に部屋に置いておける金額はそれっきりだった。自分の年齢や経験からするととんでもない額なのだけれど、それくらいはないと高校生がここぞというときに望む物なんて買えなさそうだった。ネットで調べたところ、去年の辞書くらいの値段だったら出せる範囲であるので、そのくらいの価格帯であればいいと願ってしまう。
わぁ、とかすみがおののいたような声を漏らす。
「充分すぎるって。大体のものは買えちゃうよ」
「いやぁ、小学生にそんな大金はたかせるのやっぱ罪悪感すごいわ……ダメじゃない? これ」
「高校での会話で欲しがってるものって知りませんか?」
「強行突破してくるじゃん!?」
何かがツボに入ったらしいかすみがぎゃはぎゃはと笑う。あんまり笑うので思わず頬を膨らませると、椎が「まぁねぇ」と腕組みをした。
「クリスマスパーティーにかこつけてリサーチすることはできるかも? その自由帳、借りていい? 私のID書いておくから。……あ。スマホとかって……」
「家に帰ればタブレットがあります。メッセージアプリも入ってるので……あの、ありがとうございます!」
「おっけー。なんかわかったら商品ページ送るわ」
「頑張れよー」
ぱしぱし、とほとんど痛くない強さで背中に激励をくれて、かすみたちは手を振って去っていった。
自由帳のIDは、休み時間に描いた落書きをきちんと避けて書かれていた。黒い鉛筆で小さく書き足されている花丸を、赤らんだ指でなぞれば黒鉛がつく。
かすみと椎はすぐに行動してくれたらしく、翌日の夜には連絡が来た。URLやスクショが次々送られてきて、陽翔は感謝しながらじっと画面を見つめる。
どれが正解なのだろうと思う。
贈り主は身近で可愛がられている陽翔じゃない。
善行を称え、夢を配るサンタクロースなのだ。
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