二人の時間

「お茶請けにお煎餅食べる?」


 真澄は米菓が好きだ。菓子器に様々な種類が詰め込まれている。礼を言って小判型のものをバリッと噛むと、香ばしい醤油の風味が口いっぱいに広がった。合わせて飲む玄米茶が温かくていい香りで、からだ全体を弛めながら陽翔はぬくい息を吐く。


「んーま」

「んまいねー」


 くすくすとする真澄の顔を、炬燵越しにじっと見つめる。少し髪を伸ばすことにして、卒業式も終わったからと慣れないヘアワックスで毎朝格闘しているのだと聞いた。


 彼のふわふわっぷりに拍車がかかっている。


 ふんわりとした髪の毛は年上ながら可愛らしく思えて、きゅっと鳴いた恋心を静かに飼い慣らす。


「まだ炬燵片付けないの?」

「う。……もうちょっとね」

「寒がりだよね、相変わらず」

「暖かいところでお話書くの、至福の時間だからね」


 真澄のノートはもう何十冊目になるのだろう、と思う。始まりは、彼が小学生の頃に宿題にされていた『なんでもノート』。


 ドリルの答えを書こうが、絵を描こうが、物語を綴ろうが。なんでもいい。指定の5ページを埋めれば、それで花丸が貰えるのだ。陽翔にも同じ宿題が出されたとき、真似をしようとしてうまくいかなかったことを思い出す。


 悔しがる陽翔に、真澄は言った。


『ついつい格好つけた表現をしようとしちゃうけど、簡単でもいいから自分の言葉で書くのが大事なんだよ』


 それはきっと、真澄本人の中でもお守りにしてきた言葉だった。だって、そこには体温があって、血が通っていた。

 

 あの頃から真澄は鉛筆で、今となってはシャープペンシルで。ひたすらに自分の考えた世界を作り出していた。ファンタジー小説も、ミステリー小説も。


 様々なジャンルの作品を見せてくれたけれど、恋愛小説だけは書いてもノートを渡してくれなかった。恥ずかしいのだろうけれど、陽翔としては、彼の恋愛観がそこに書かれている気がして読んでみたくて仕方なかった。片想いを続けたまま、気持ちを明かしたことは一度もないので。


 さりとて、見せて貰うには資格が足りなかった。作者である真澄が、陽翔を読者として認めなかった。

 

 そもそも、今はまだ年齢が足りないと思われたのかもしれない。

 悔しいけれど、陽翔にとっては確かに高校生というのは大人のような存在だった。


「今はなに書いてんの」

「主人公が異世界に転生する話だよ。流行りに乗ってみるのも面白くて。スタートが悪役だと、それをプラスに塗り替えていく描写ができて楽しいよ」

「あ、なんか最近アニメに多いと思ってたジャンルだ。タイトルで内容わかるし長いから目に留まるんだよな」

「書店でメディアミックスのポップはよく見るけど。こっちのテレビでもそんなにやってる?」

「田舎でも配信サービスがあるじゃん。サブスク。真澄は……まぁ登録してないか」


 首を傾げられるので、ちょっとスマホを拝借する。

 ……あるじゃん。あるけれど、使ったことのある反応ではない。どうやら、スマホの契約をしたときに勧められるまま加入してそのままらしい。


「おばさんたちは、真澄が使ってるサービスだと思って月額払ってると思うよ……」

「えっ!? そ、そうなんだ……」


 親に損をさせていたのかと気付いたらしく、彼が目の前でしおしおと萎んでいく。大きな体が小さく見えた。こういうとき、陽翔は慌ててしまう。好きな人にはやっぱり笑顔でいてほしいし、悲しい思いをさせたいわけではないのだ。場を明るくするように、ぱちりと手をたたく。


「だったらさ、これからはたまにオレとアニメ観ようよ! 映画でもいいけど。創作の役に立ちそうじゃん、お互いに!」


 本心を言うと、真澄と楽しむコンテンツや時間が増えるのが嬉しいというのが第一だったのだけれど。真澄は、「そっか、取り戻せばいいのか」と表情を和らげた。


「ありがとう、陽翔。オススメある?」


 無邪気に問われて、う、と言葉に詰まる。思い浮かんだラインナップは、圧倒的に少年向けが多かった。己の幅の狭さを呪う。あからさまに対象年齢が低いと、楽しいのは自分のみになってしまいそうなので、どうにか避けたかった。


「……こ、これ、とか」

 迷う指で、頭身の高い絵柄で暗めのサムネイルを示す。じっと見つめたあと、真澄はうーんと唸った。


「これは原作知ってるけど……怪奇現象寄りの都市伝説がテーマの作品だよ。陽翔は怖くないの?」

「こっ……!?」

「俺は映像で見るの、怖いかも。あ、ほら、昔二人で観てたやつはどう? 懐かしいのもアリだと思うよ」


 フォローをされてしまった……!!


 情けなさに呻きつつ、う、うん、と頷く。示されたアニメはヒーローもので、お決まりの爆発が派手なやつだった。二人ともが楽しめるものに落ち着いたのは、まあいいことではあったけれど。


 ところで、スマホの画面は割と小さい。なので、必然的に肩をくっつけあって観賞会をすることができた。温かい熱がじんわりと伝わってきて、時折呼吸の音まで拾えてしまう。


 本当は、真澄のIDを陽翔のiPadに打ち込めば、大きな画面で見られるのだ。

 それを真澄が知らないのをいいことに、陽翔は口の中に留めておいた。ずるいのはわかっている。くっつきたがりなのは、幼い仕草であるばかりではないことを自覚している。

 

 どき、どき、と心臓が強めに脈打つ。ちらりと、彼が胡座をかいているところを見て、昔は膝の上に収まっていたのだと思い返した。


 背は、順調に伸びていた。真澄の成長もいつかは止まる。

 そのとき横に並んでいるかどうかを、陽翔は時折思い描く。

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