あまりに純粋で、言えない
そんな日々を送る内に、12月25日の朝がやってきた。陽翔が目覚めてみると、枕元には薄型のプレゼント。大きなサイズのタブレットだ。いざ手元に来たハイテクノロジーなアイテムに歓声をあげ、両親に何度も感謝を伝えた。
昨日のイブに食べたホールケーキが特別おいしかったので、真澄とも食べたいと母に頼むと、「食べかけじゃあねぇ。特別だからね」と、あちらの家族分を含めてショートケーキを4切れ買えるだけのお札をくれた。真澄の自宅のインターホンを鳴らし、洋菓子店に行こうと意気揚々と声を張る。
「メリークリスマス、真澄!」
「ふふ、メリークリスマス。待ってて陽翔。コート着てくるから。あ、カイロいる?」
身支度を整えた真澄と、薄く降り積もった雪道を行く。貰ったカイロが腹部を温めてくれているので、気温の低さもなんのその。肌だけはぴりぴりと冷たいけれど、心強さが全然ちがう。サクサクと真っ白い地面に足跡をつけながら、陽翔は機嫌よく「そういえばさ」と彼を仰ぎ見た。
「タブレットにメッセージアプリ入れたからさ、真澄のアカウント教えてよ」
「もちろん。操作はお任せしちゃうけど。よかったね、もう使ってみたの?」
「それがさあ、設定がちょっと大変で。でもお絵描きアプリも入れたから、……あ……」
気が逸って環境を一歩手前まで揃えたはいいけれど、正直そのことについては口を滑らせてしまったと思った。
ちがうんだ、真澄。オレは別に、ペンのプレゼントをせがんでるわけじゃなくて……そんな厚かましいことを真澄にするつもりはなくて……。
「そっか。じゃあ、ペンも貰えたのかな?」
にっこり、と。頬を寒さで赤くしながら、白い息が嬉しげに弾む。
「……あ、……貰って、ないけど」
「えっ? そんな……だって、あんなにいいこだったじゃないか!」
本当に心からの驚きだというように、真澄の目が丸くなる。そこで、陽翔は自分の勘違いに気付いた。
もしかしてあれは、うちの両親なら太っ腹なところを発揮して買ってくれるだろうって意味だったんじゃないだろうか?
成績面でがんばった分を加味してくれて、だとかそういったご褒美の流れで。
「う、はは、も~オレのこと褒めすぎだって」
「サンタに言い忘れてたんじゃない? ちゃんとペンがどんなのか伝えた? か……型番? とかあるんでしょ」
「えーもう、またそんなこと言ってぇ、真澄は」
けれども、このとき、陽翔は再び違和感を抱き始めていた。どうにも真澄の語気が真剣みを帯びていて、陽翔のよい行いが認められなかったことを本気で残念がっているようなのだ。彼がうちの両親に対して、ここまでの表情をするだろうか? 下がった眉を愛しく思いながらも、言い様のない予感に唇が震える。
しかし口をついて出そうになった言葉を、すんでのところで喉の奥へ返した。
……まさか、かとは思うけれど。
「……ちなみに、真澄はなに貰ったの?」
「俺? 俺は辞典だよ。執筆に使えそうな、光や月、宝石の名前とかのね、綺麗な言葉がたくさん載ったものでね。ふふ、書店で色々見ていて、これだ! って思って、頼んじゃった」
綻ぶような笑顔を見せてから、真澄はふと長い睫毛を伏せて目元に影を落とす。
「……でも、来年から俺も高校生だろ? サンタから、そろそろもっと小さい子に集中したいんだっていう手紙が来たんだ」
「てがみ」
「仕方ないけど、ちょっと残念でさ。見る? 陽翔にも読んで貰おうと思って、鞄に入れてきたんだけど」
本気で?
大切そうにミニクリアファイルに挟まれた封筒には蝋で封がされていた。一度開けた形跡があるけれど、極々丁寧に扱ったのが見て取れる。
中には、筆記体で何かが書かれていた。
まだ英語は知らない単語が多いのだけれど、概要がわかるのでところどころが読めれば内容は推察できた。
つまり、真澄の元へはもうサンタはやってこない。大人の証だ、おめでとう。
「…………」
「俺のクラスには、もっと前からサンタが来なくなった友達もいるんだ。でも慰めようにも、『何も知らないままでいてくれ』ってやんわり断られてしまって。きっと、心の傷を見せたくないんだと思う。それが大人になった者の対応なんだって、俺にもわかってしまって」
「…………」
現代社会において、ここまで現実を見ずに済むことってあるんだなぁ、と陽翔は一種の感動を覚えていた。
理由の一部として、真澄はネットに強くなくて調べものを積極的にする習慣がないこと、周りが真澄の夢を壊さないようにと特別気を配っていることが挙げられるだろう。同級生たちとは陽翔も面識があって、優しい人たちの集まりだな、という印象だ。
そして、最大の理由が一応はわかる。真澄の親は二人とも童話を愛していて、子供の夢や物語を守ることにひときわ熱を上げているのだ。陽翔は、彼の両親が自分の息子にそれはそれは真剣に七夕の短冊を書かせていたことを思い出す。純粋な心で善行をおこなっていれば、願い事は叶う。優しくあれば、サンタクロースはその気持ちを汲んでご褒美をくれる。これもまた、良い循環であると言えた。
とはいえ、今年15歳になる真澄にそろそろ、夢を見せたまま終わらせてやろうというつもりになったのだろう。
確かに、高校入学を控えた今が節目ではある。公式に認定されたサンタクロースという人たちはいるにしても、夜空を赤鼻のトナカイが引くソリで飛び回って、全国の子供たちにプレゼントを配る超常的なおじいさんは、実在しないのだ。今日日、小学生にだってそれくらいわかる。こう言ってはなんだが、幼稚園生だって気付いている子はちらほらいる。
真澄は読書家なのに、それを知らない。
むしろ、人以上に読むからだろうか? 数多の可能性を題材にした物語たちが、彼の中でこの世の真実を常識として定着させなかったのだろうか。
透明人間はいるかもしれない。言霊の力は否定できない。サンタクロースは、実際みんなにプレゼントを届けてみせている。
陽翔は、唇をきゅっと引き結ぶ。
それでも、真相がどうであったとしても。
結局のところ、陽翔は真澄の夢を守りたかった。
「……来年も来るよ、サンタ」
「俺は、もう……俺の分は、これからは陽翔のところに行って貰うよ。ニ人分、今度こそニ品届けて貰いなよ」
「ちがう。真澄のところに、来るんだ!」
ぎゅっとリュックの肩ヒモを握り締める。冷えているはずの頬がカッカッとしてきた。ぐっと上を見上げて、強い口調で断言する。
「サンタにもさ、任期があるんだよ。真澄のサンタは小さい子供専門になるかもしれないけど、次のサンタがやってくる」
「……でも、高校生になればバイトができる。お金を持っていて自分でご褒美を買える人たちには、もう……」
もうサンタからプレゼントを貰えないというだけで、まるで失恋でもしたかのような目をしている。長い間一緒にいたからわかる。真澄は、毎年クリスマスを楽しみにしていて、その一夜のために良い行いを率先してやってきた。
こんな人に。こんなに純粋に夢を信じきっている、大好きな人に。
サンタの正体なんて、言えるはずもない。
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