第3話 闇に差し込む光

瑠璃が決意を新たにした翌日、朝の冷たい光が差し込む中、彼女はいつも通りに学校へ向かっていた。しかし、心の中には重たい不安と緊張が渦巻いている。彩音が姿を消してから、何かが根本的に変わってしまったような感覚が彼女を覆っていた。


学校に到着すると、廊下にはざわついた空気が漂っていた。生徒たちは小声で話し合い、何か異様な雰囲気を醸し出している。瑠璃はその異変にすぐ気づいたが、まっすぐ教室へ向かった。教室の扉を開けると、いつもと同じ風景が広がっているはずだった。しかし、彩音の席は依然として空のままだった。


瑠璃が席に着くと、すぐに水無月悠人が声をかけてきた。彼の顔には、不安と困惑が見て取れた。


「瑠璃、昨日の夜、何かあった?」


瑠璃は一瞬躊躇したが、桐山とのやり取りや鏡の中の異変を彼に伝えるべきかどうか迷った。しかし、悠人は彼女の表情から何かを察したのか、優しく彼女の肩に手を置いた。


「無理に話さなくてもいい。でも、君が心配なんだ。彩音ちゃんのことも…」


瑠璃は悠人の優しさに少しだけ心を開き、彼に小さく頷いた。


「ありがとう、悠人。でも、大丈夫。私は自分でできることをやってみる。彩音ちゃんを見つけるために。」


彼女の言葉に、悠人は安心したように微笑んだ。


「瑠璃ならきっとできるよ。でも、何かあったらすぐに言ってくれ。僕も手伝いたいから。」


その後、授業が始まったが、瑠璃の頭の中は彩音のことと、昨夜の出来事で一杯だった。教師の言葉が耳に入らず、ノートを取る手も止まったままだ。彼女の視線は教室の窓から外の風景へと向かい、その向こうにある何かを探るように彷徨っていた。


放課後、瑠璃は学校を後にし、再び彩音の家を訪れることに決めた。彼女が家を出たその瞬間、空は曇り始め、冷たい風が吹きつけてきた。まるで、何か不吉なものが迫っているかのようだった。


彩音の家は、閑静な住宅街の一角にあり、彼女の家族は瑠璃にとっても親しい存在だった。だが、今日はその家に漂う空気が重く沈んでいた。瑠璃がインターホンを押すと、しばらくして彩音の母親が出てきた。彼女の顔には疲れが色濃く残っており、その目には深い悲しみが宿っていた。


「城塚さん…来てくれてありがとう。」


彩音の母親はそう言うと、彼女を家の中へと招き入れた。リビングに通された瑠璃は、いつもは明るい彩音の家が、どこか冷たく感じられることに気づいた。彼女はその違和感を拭い去ることができず、母親の話に耳を傾けた。


「彩音がいなくなってから、何か…変なことが起きているの。」


母親の声には、明らかな恐怖が滲んでいた。瑠璃は緊張しながらも、先を促した。


「変なこと…というのは?」


「夜になると、家中が寒くなって、どこからか囁く声が聞こえるの。何かが、彩音の部屋で動いている気配もあるのよ。」


瑠璃はその言葉に背筋が凍るのを感じた。まさか、彩音の失踪に関わる霊的な現象が、すでにこの家を取り巻いているのだろうか。彼女はその考えを振り払うようにして、強く言った。


「お母さん、私に任せてください。彩音ちゃんを見つけるために、できる限りのことをします。」


彩音の母親は、瑠璃の言葉に涙ぐみながら頷いた。


「ありがとう…本当にありがとう。あなたがいてくれて、少しだけ安心できるわ。」


瑠璃は彩音の部屋へ向かう決意を固めた。彼女の部屋は、2階の奥にあり、今もその扉は固く閉ざされていた。瑠璃がドアノブに手をかけると、冷たい感触が手に伝わってきた。それはまるで、何かが彼女を中に入れまいとしているかのような冷たさだった。


しかし、瑠璃は躊躇せずにドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れた。部屋は整然としていたが、どこか重苦しい空気が漂っていた。彼女は部屋の中央に立ち、ゆっくりと目を閉じた。


「彩音ちゃん…ここにいるの?」


その瞬間、彼女の耳元で、微かな囁きが聞こえた。それは、昨夜の鏡に映った影の声と同じ、冷たく悲しげな声だった。


「助けて…」


瑠璃はその声に導かれるようにして、彩音の机の引き出しを開けた。そこには一冊の日記があり、その表紙には小さな蝶の飾りがついていた。彼女はその日記を手に取り、最も新しいページを開いた。


そこには、彩音の書いた文字が踊っていた。


「黒い影が…私を…連れて行こうとしている…」


瑠璃はその文字を見て、愕然とした。この日記は、彩音が姿を消す前夜に書かれたものだ。彼女の言葉には、明らかな恐怖が滲んでいる。


「彩音ちゃん…」


瑠璃は日記を閉じ、強く拳を握りしめた。彼女は霊媒としての力を信じ、彩音を救い出す決意を再び固めた。母親の力を受け継いだ自分だからこそできることがある。そう信じて、彼女は部屋を後にした。


その日、瑠璃は初めて自分の力の本質を感じ取った。それは恐怖を乗り越え、人を救うために使うべき力だった。彼女はこれから始まる戦いに向けて、心を奮い立たせた。そして、その戦いは、彼女自身の成長と母親の遺した影を乗り越えるための大きな一歩となるだろう。


外に出ると、空はますます曇り、冷たい風が吹き荒れていた。まるで、これから待ち受ける運命の厳しさを示唆するかのように。しかし、瑠璃の心には、一筋の光が差し込んでいた。その光は、彼女が歩むべき道を照らし出していた。

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